画家のパレットの進化を知ろう—制作を支えた道具たちとは?

バロックから印象派へ、パレットに刻まれた画家の個性

聖ルカ、絵筆とパレットを持つ姿、レニ作(?), Public domain, via Wikimedia Commons.

17世紀のバロック時代になると、画家たちのパレットの使い方にも個性が現れ始めます。オランダの巨匠Rembrandt van Rijn(レンブラント・ファン・レイン、1606-1669)は、厚塗り技法であるインパスト(絵の具を盛り上げて塗る技法)で知られていますが、研究から明らかになった彼のパレットは比較的限られた色数で構成されていました。

《The Night Watch》(夜警、1642)のような大作でも、実際に使用されている顔料の種類は10色程度だったと考えられています。レンブラントは、パレット上での巧みな混色と、下地の色を活かす技法によって、豊かな色彩表現を実現していたのです。

この時期のパレットについて知る手がかりとなるのが、画家の自画像です。多くの画家が自画像の中でパレットと筆を持った姿を描いており、そこから当時のパレットの形状や色の配置を読み取れることも。

フランスの女性画家Élisabeth Louise Vigée Le Brun(エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン、1755-1842)の自画像には、楕円形の木製パレットが描かれており、その周囲に整然と絵の具が配置されている様子が確認できます。

19世紀に入ると、絵画の世界に革命的な変化が訪れます。それは、チューブ入り絵の具の発明です。1841年、アメリカ人画家John Goffe Rand(ジョン・ゴフ・ランド、1801-1873)が金属チューブに絵の具を密封する特許を取得しました。

それまで画家たちは、顔料と油を自分で混ぜ合わせるか、豚の膀胱に入れた絵の具を購入していましたが、どちらも保存性に難がありました。チューブ入り絵の具の登場により、画家たちは屋外での制作がしやすくなり、より多彩な色を手軽に使えるようになったのです。

この技術革新の恩恵を最も受けたのが、印象派の画家たちでした。Claude Monet(クロード・モネ、1840-1926)、Pierre-Auguste Renoir(ピエール=オーギュスト・ルノワール、1841-1919)、Camille Pissarro(カミーユ・ピサロ、1830-1903)らは、戸外で変化する光の効果を捉えるために、明るく鮮やかな色彩を多用しました。

彼らのパレットは以前の時代に比べて色数が格段に増え、特に純色(混色していない鮮やかな色)を多く含むようになりました。モネの連作《Water Lilies》(睡蓮、1896-1926)では、青や緑の微妙な変化を表現するために、パレット上で無数の色調が作り出されたことでしょう。

印象派画家の中でも、特にパレットの使い方で知られるのがVincent van Gogh(フィンセント・ファン・ゴッホ、1853-1890)です。彼の絵画は、チューブから直接キャンバスに絵の具を塗りつけたかのような大胆な筆触が特徴ですが、実際には彼もパレット上で色を混ぜていました。

ただし、その混ぜ方は控えめで、色の鮮やかさを保つことを重視していたようです。ファン・ゴッホ美術館の研究によれば、彼は黄色系の顔料を特に好み、パレット上では黄色を中心に暖色系の色を配置していたと考えられています。《The Starry Night》(星月夜、1889)で見られる鮮烈な青と黄色の対比は、こうしたパレット配置の工夫から生まれたものかもしれません。

20世紀、素材の多様化とパレット概念の拡張

プラスチックのパレット, Palette en plein air, Public domain, via Wikimedia Commons.

20世紀に入ると、絵画の世界はさらに多様化し、それに伴ってパレットの形態や素材も大きく変化しました。まず注目すべきは、アクリル絵の具の登場です。1950年代に商業化されたアクリル絵の具は、水で薄めることができ、乾燥が速く、乾いた後は耐水性を持つという特徴があります。

この新しい画材の登場により、従来の木製パレットだけでは対応できない状況が生まれました。アクリル絵の具は乾燥すると固まってしまうため、木材に染み込んで取れなくなってしまうのです。

そこで開発されたのが、プラスチック製やガラス製、さらには使い捨ての紙製パレットです。プラスチック製パレットは軽量で安価、そして何より洗いやすいという利点がありました。

ガラス製パレットは表面が滑らかで、絵の具の色が見やすく、混色の具合を正確に確認できるため、スタジオでの制作に適していました。紙製パレットは、何枚もの紙を重ねたパッドのような形状で、使用後は上の一枚を剥がして捨てられるという便利さから、特にアメリカで普及しました。

抽象表現主義の巨匠Jackson Pollock(ジャクソン・ポロック、1912-1956)は、従来の意味でのパレットをほとんど使用しませんでした。彼の有名なドリッピング技法(絵の具をキャンバスに垂らしたり飛び散らせたりする手法)では、缶から直接絵の具を使ったり、床に置いた容器に絵の具を入れたりしていました。

《No. 5, 1948》(ナンバー5、1948)のような作品は、パレット上での混色ではなく、キャンバス上での絵の具の偶然の混ざり合いによって色彩効果が生まれています。ポロックのアプローチは、「パレット」という概念そのものを拡張したと言えるでしょう。

一方、具象絵画の伝統を重んじる画家たちは、依然として木製パレットを愛用し続けました。イギリスの画家Lucian Freud(ルシアン・フロイド、1922-2011)は、厚塗りの油彩技法で知られ、大きな木製パレットを使用していました。彼のスタジオの写真を見ると、使い込まれて絵の具が何層にも重なったパレットが確認できます。

フロイドにとって、パレットは単なる道具ではなく、長年の制作活動を共にしてきた相棒のような存在だったのです。

現代のポップアートを代表するAndy Warhol(アンディ・ウォーホル、1928-1987)は、シルクスクリーン技法を主に使用したため、伝統的なパレットとは異なる色彩管理の方法を採用していました。彼の工房「The Factory」(ファクトリー)では、あらかじめ調色されたインクが容器に入れられ、まるで工場のような体制で作品が制作されていました。

《Campbell's Soup Cans》(キャンベルのスープ缶、1962)のような作品では、均一で鮮やかな色面が特徴ですが、これは従来の「画家がパレット上で色を混ぜる」というプロセスを経ていません。ウォーホルの制作方法は、20世紀の大量生産社会を反映するものであり、同時にパレットの役割を再考させるものでもありました。

つまり、伝統的な絵画制作というアプローチから逸脱することにより、平面絵画とはなにか、ひいては美術作品とは何かという大きなテーマを投げかけることに成功しています。

配信元: イロハニアート

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