脳トレ四択クイズ | Merkystyle
「芸人らしくない」感情も、すべて愛そうと思った「原田ちあきさんと私は、似ている気がした」【連載:しょぼくれおかたづけ 第15夜】」

「芸人らしくない」感情も、すべて愛そうと思った「原田ちあきさんと私は、似ている気がした」【連載:しょぼくれおかたづけ 第15夜】」

「原田ちあきさんと私の、数奇な出会いについて」
「原田ちあきさんと私の、数奇な出会いについて」 / 提供=にぼしいわし・いわし

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわしによる、日々の「しょぼくれ」をしたためながら、気持ちの「おかたづけ」をするエッセイ「しょぼくれおかたづけ」。 

退屈や不満、悲しみや落ち込みを「笑い飛ばす」職業、芸人。
私はそんな職業を、みずからずいずい選び取っているのにも関わらず、ひとつひとつの感情の仕分けがしんどいほどに不得手で、苦しい。

そんないわしが心酔するイラストレーター・原田ちあきのブログを読んだときのお話。私を元気づけ、励ましてくれていたあの人にも、きっとあったさまざまな感情の粒。私だけじゃない、という安堵と、「笑い飛ばす」は、私なりの方法できっと手探ることができる、と掴めた日のお話です。

■第15夜「笑い飛ばしていこう」

 上京してすぐに、下北沢でカレーを食べていた。テラス席しかなくて、おしゃれな服に身を包みながら自分の「好き」を貫いているような人たちを見ながら「東京」を感じていた。このあとの、ライブに向けてのエネルギーチャージ。上京しても、ライブ数が減らなかったことはひと安心。しかし、上京して初めての賞レースでちゃんと勝ち上がれるのか、上京しておもしろくなくなったと言われないかとか、底なしの不安を抱えていた。
 万が一賞レースで負けた場合は、その悔しいと思う気持ちだって、芸人ならば笑いに変えなければならない。負けたときのボケもいろいろと考えながら、この弱気な自分に嫌気がさした。

 どんなことも笑い飛ばしていきたいから芸人になったのに、どうしたって笑い飛ばせないことは出てきてしまう。特に私は、つらいことがあったときに笑い飛ばすのが人より苦手だ。喜怒哀楽、それぞれの感情を、それぞれで粒立てて受け止めないと、前に進めない。

 芸人になってから、つらいことを「つらい」と言うことが難しくなった。それは、芸人という職業が「どんなことも笑い飛ばす仕事」だから。つらいことを「つらい」と言うこと、悲しいことを「悲しい」と言うこと、感情をそのまま伝えることは、お笑いのスキルがないということと同等となる。こうやって今、エッセイに自分の気持ちを吐露することですらも、ずっとスベっているように感じるのだ。
「どんなことも笑い飛ばす」って、呪いの言葉だと思う。その言葉に縛られて私の小さな感情たちは、ずっと無視されざるを得なかった。じゃないと芸人じゃないと思ってしまったから。

 そんな感情たちを、私はよく「怒り」に昇華することにしている。「怒り」と「笑い」は紙一重だと思う。苦しい、つらい、悲しいの感情よりも「ムカつく」がいちばん笑いに化けやすい。ムカついている人は、はたから見るとおもしろい。
 先輩や上司が怒っているとき、我に返って笑ってしまうことがある。だから、私はせめて自分の気持ちを吐露するときには、怒るようにしている。もしかしたらほかの人が笑ってくれるかもしれないから。私の真剣な怒り顔で笑ってくれていたら、私はその場ではスベらなくて済むから。

 ただ、怒っていたとしても自分の感情が整理されることはない。舞台の上で、たくさんの感情を押しつぶして、怒るだけなのだ。
 スベるのか、それとも、自分の気持ちを無視するのか。私はその2択に迫られながら生きている。
 ときどき、私は芸人であるにも関わらず、「スベる」の方をとってしまうことがある。自分の感情を尊重してしまうときだ。
 ありえない。忍耐力がない。覚悟がない。嫌気がさす。
 自分の感情が、そんなにかわいいのか。私はまた、そうやって芸人から遠ざかっていく。同じ楽屋で一緒に話しているはずなのに、私だけが本当の芸人じゃないような気がしてしまう。みんなが鮮やかな色をはなっているのに、自分はくすんでいる。周りにも気がづかれている。あいつは本物じゃないと。
 せめてもの迷惑をかけないように、と思い、荷物を地べたにおいた。

 自分の感情がわからなくなる。本当につらいとか苦しいとか思っていることも、「怒り」に変換して、応急処置のように笑って。そうやって無視された感情たちは、ある日突然爆発して、手に負えなくなるのだ。


■私は大事にする、この感情ぜんぶ

「原田さんが私たちのを観てくれたのは、『演芸カーニバル』というライブだった」
「原田さんが私たちのを観てくれたのは、『演芸カーニバル』というライブだった」 / 提供=にぼしいわし・いわし


 ライブの前、カレーを食べながら、原田ちあきさんのイラストを眺めていた。
 原田さんのイラストは、周りの環境や、目指している将来のせいで無視されてしまう大小さまざまな負の感情を、すくい上げて撫でてくれる。私だけは気づいているからねと、公園のベンチでしくしく泣きながら座っている私に、温かい缶コーヒーをくれる。私はプルタブを開けて、ゆっくりコーヒーを流し込む。体いっぱいに安心感が駆け巡る。
 背中を撫でるでもなく、話を聞くでもない。ただただ近くにいてくれる。私が立ち上がるまで、ずっと。私が立ち上がったら、「いってらっしゃい」、「いつでも戻ってきていいからね」と、笑顔で手を振ってくれるのだ。そうして、私はひとりじゃなかったことを思い出す。自分の感情を整理して、また私は大好きなお笑いに戻っていく。

 ある日、そんな原田さんのブログを読んでいた。
 原田さん、イラストで成功して、結婚、出産、と、ずんずんと自分を未来に運んでいくパワーがある人なのに、些細な感情にも寄り添えるスーパーマンみたいな人。原田さんはかつて、お笑いライブで審査員をされていて、その際にご一緒したこともあった。そのときも明るくて爽やかで、でもミステリアスな魅力があって、私にとっては、あこがれるほか、ない人だった。

 でもそんな原田さんのブログには、私が想像をしなかったような過去のつらい出来事が綴られていて、そこからどうにか立ち上がってきたことがしたためられていた。
 その文章のひと言ひと言に、見覚えがある。たくさんの人を元気づけるイラストを描くために、自分は元気でいないといけないという葛藤。その職業を選んだことで、無視しなくては進めなかったであろう、本当の気持ちがそこにはあった。

 この人もそうならば……読み終わったころには、私だって頑張ろうと思えた。
 なぜ、私は「笑い飛ばしたい」のか。
 それは、自分の感情を整理したあと、前を向いて歩いていけるようにするためだから。それなら、負の感情と向き合うこと、それは悪じゃない。ときにはこってりとたっぷりと落ち込んだっていい。私はまだスーパーマンになることを諦めていない。
 私の感情すべて、粒立てて大切に味わっていきたい。

 下北沢には、たくさんの夢見る人たちが溢れている。誰かを元気にしたいという原動力のまま、自分を突き動かしている。その中に、それぞれの小さな感情たちが渦巻いているままで。このカレーもそう。今日のライブ、頑張れそうだ。

 ライブに向かおうと席から立ち上がったとき、「いってらっしゃい」という声が耳を撫でた気がした。


提供元

プロフィール画像

WEBザテレビジョン

WEBザテレビジョンは芸能ニュース、テレビ番組情報、タレントインタビューほか、最新のエンターテイメント情報をお届けするWEBメディアです。エンタメ取材歴40年以上、ドラマ、バラエティー、映画、音楽、アニメ、アイドルなどジャンルも幅広く深堀していきます。