
九州編のラストとなる第124回は北九州市大手町エリアにある「KRANZ&CO」。店に入る前から感じるのが、オーナーのセンスのよさや遊び心だ。店の一角に置かれたオリジナルグッズをはじめ、店内をさりげなく飾る看板など、明確に独自の世界観を作り出している。これはオーナーロースターの羽立泰雅さんのバックグラウンドによるもの。さまざまなコーヒーとモノ・コトの掛け合わせを生み出すアイデアの泉源は何か。羽立さんに話を聞くと、それが見えてきた。

Profile|羽立泰雅(はたて・やすまさ)
福岡県北九州市出身。服飾関係の専門学校を卒業後、ショップ店員を経験。ラテアートをきっかけにカフェカルチャーに興味を持ち、福岡市・西新のカフェで働き始める。その後、SHIROUZU COFFEEに誘われ、焙煎をメインに約7年勤務。福岡市・今泉のアパレルショップ併設のコーヒースタンドのコーヒー担当を務めた後、独立。
■ファッションからコーヒーの道へ

もともと高校卒業後、服飾関係の専門学校に進学し、アパレルショップ勤務の経験もある羽立さん。コーヒーの世界に本格的に入ったきっかけは、ハニー珈琲で飲んだスペシャルティコーヒーだ。
「ラテアートに興味を持ち、20代前半で西新のダイニングカフェで働き始めたのがカフェ業界の入口。当然その店でもコーヒーには日々触れていたのですが、ハニー珈琲さんで出合ったスペシャルティコーヒーは別格で、その体験を機に一気にコーヒーへの興味は深まりました」
その後、友人の紹介でSHIROUZU COFFEEへ。同店での羽立さんのおもな役割は焙煎士。ただ、最初は苦労の連続だったと当時を振り返る。

「今みたいに手にしたい情報に簡単に触れられるわけはなく、最初は理想的な焙煎ができず、トライ・アンド・エラーの日々でした。ちなみに、その時期に大変お世話になったのが、現在、六本松から草香江に移転されたSaredo Coffeeさん。同じギーセンの焙煎機を使っていらっしゃって、いろいろアドバイスや焙煎のヒントをいただきました」
そういった横のつながりや周囲の助けも得ながら、自分なりの焙煎の正解を見つけていった羽立さん。SHIROUZU COFFEEを焙煎で支えてきたのはレコメンドしてくれた白水さんの「羽立くんが焙煎するコーヒーはどんな焙煎度合いの豆もバランスがよい。プロファイルをしっかり構築しているのはもちろん、勘所がよい」という言葉からもわかるというもの。
■トレンドに流されず、自分が好きなテイストを

そんな風にロースターとして歩んできた羽立さんが「KRANZ&CO」で大切にしているコーヒーは、毎日ふと飲みたくなるもの、日常に当たり前に存在するものであること。その考え方が表れているのが焙煎度合い。

「僕が最初にスペシャルティコーヒーに出合ったころは浅煎りのシングルオリジンが主流で、それももちろん香りがよく、フルーティーでおいしいのですが、個人的にはもう少し落ち着いたテイストが好みだとあらためて気づきました。あえてロースト感をまとわせたしっかり火を入れた深煎りのコーヒーがやっぱりしっくりきて、なんだったら日々飲みたいのはそんなテイスト。なので当店では浅めの焙煎はなく、やや深めの中煎りから深煎りという焙煎レンジにしています」

その考えで選んだ焙煎機はフジローヤル半熱風式の3キロ窯。火力と排気ダンパーの調整で、焙煎をコントロールする構造で、生豆の個性も大切にしつつ、ほのかにロースト感をまとわせるのに適しているというのが大きな理由だ。

さらに、店での抽出は基本的にサイフォン。これは長く勤めたSHIROUZU COFFEEの影響も大きいが、「僕は少しひねくれ者。よそとは違うことがしたいといつも思っている」と羽立さん。きっと、この思考が「KRANZ&CO」らしさを生み出しているのだろう。

羽立さんが大きく影響を受けたのは、SHIROUZU COFFEE時代に白水さんと巡ったアメリカ・ポートランドのコーヒーショップだという。
「仕事的には日本のコーヒーショップとそこまで大きく変わらないのですが、スタイルがそれぞれの店で違って、とにかくどの店もキャラクターが立っていておもしろい。ストリートカルチャー、アート、音楽、ファッションなどオーナーの個性がコーヒーと掛け合わされていて、僕が将来的にやりたいコーヒーショップもこういうことだと実感しました」
「KRANZ&CO」はその掛け合わせが“コーヒー×ファッション”、“コーヒー×デザイン”というわけだ。

店の内装もほとんど羽立さん自ら手掛けたそうで、什器や装飾品も不思議と統一感がある。こういうセンスはきっとファッション業界にいたことが関係しているのだろう。
■ゆったりとした時間にいつものコーヒーを

そんなスタイルの「KRANZ&CO」だが、店があるロケーションがまたいい。高層マンションが建ち並ぶ閑静な住宅街で、店の前には小さな公園も。コーヒーをテイクアウトし、公園のベンチに腰掛けてゆったり楽しむという人もけっこう多いそう。とてもピースフルで、ゆったりとした時間が流れるエリアということもあり、自宅用にコーヒー豆を購入する常連も年々増えているという。

「当初、福岡市でコーヒーショップをやることも考えたのですが、コーヒーを日々飲む習慣を広めるなら自分の地元である北九州市のほうが伸びしろがあると考えました。いろいろ物件探しをしていたときに、このあたりも歩いていて、よい街だと思っていたのですが、理想的な物件がなかったんです。現在店がある建物もそのときにチェックしていて、ロケーションや規模もベストだと思っていたんですが、その当時は韓国料理店でした。その後、ネットで調べていたらタイミングよく居抜き物件になっていて、すぐに管理会社に問い合わせましたね」

豆を購入するお客が多いのは、できるだけ価格を手ごろにしているのも要因になっている。昨今、生豆の仕入れ値が上がっているためコーヒーは安くても100グラム900〜1000円ぐらいの値付けが多いなか、同店では100グラム700円から用意。もちろんそういったコーヒーはスペシャルティではなくコモディティランクがメインではあるのだが、焙煎やブレンドでクオリティや味わいをコントロール。純粋に価格が手ごろなのは、やっぱり消費者としてはシンプルにうれしい。

最後に羽立さんはこう話してくれた。
「パッケージに貼るステッカーデザインなどもすべて自分で行っているので、その分コストを抑えられるのもポイントですかね。もちろんステッカー貼りなどもすべて手作業なので、手間はかかるのですが、近所に暮らす常連のお客さまが、そういった内職仕事をお手伝いしたいと申し出てくださって。本当に助けられていて、そういう交流があるのも、穏やかな時間が流れるこの街ならではかもしれません。そうやって少しずつですが、この街に根付くロースタリーになっていけたらいいですね」
【KRANZ&COのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル半熱風式3キロ
●抽出/サイフォン
●焙煎度合い/中煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/あり(100グラム700円〜)
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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