アメリ、赤いカフェの椅子、クリームブリュレに憧れて…【パリ】旅でカルティエに入れなかった日

アメリ、赤いカフェの椅子、クリームブリュレに憧れて…【パリ】旅でカルティエに入れなかった日

訪れた国は約40カ国。サウナと旅をこよなく愛するタレント・モデル・俳優の清水みさとさんの連載エッセイ。3回めはおしゃれな映画のイメージに憧れて飛んだ、パリでのお話。

【連載】清水みさと「旅をせずにはいられない」vol.3 パリでカルティエに入れなかった日のこと。

29歳のとき、パリに行った。


 


大学生の頃に観た映画『アメリ』が大好きで、偶然にもアメリと同じオン眉だったわたしは、それだけで勝手に親近感を覚えていた。


 


モンマルトルの石畳、赤いカフェの椅子、午後の光にすこしほこりが混ざったような空気。


映画の中で見たその街にずっと憧れていた。

パリという街は、どの映画を観てもいつもおしゃれだったから、「わたしにはまだ早い」、そう思っていたのに、イギリスで1ヶ月の短期留学を終えるころ、心のブレーキがゆるんで、気づけば帰国前の3日間をパリで過ごすことにしていた。


 


しゃれたことはできなくても、アメリみたいにクリームブリュレをスプーンで割って食べることぐらいはわたしにもできそうだ! と謎の自信を胸に、パリへと向かった。


 


そして、シャルル・ド・ゴール空港に着いて早々、そのあまりの広さにうなだれた。

ホテルから送迎車が来ているはずだけど、案内板をみてもなぜかどこにも辿り着けない。このまま、『ターミナル』のトム・ハンクスみたいに、空港で暮らすことになったらどうしようと思った。


 


タクシーすら見つけられず疲れ果てたわたしは、ちょうど目の前に止まった行き先もよくわからないバスに、一か八かで飛び乗った。こういうとき、なぜか自分の命運に賭けるギャンブラー精神を発揮してしまうのである(やめたい)。


 


「このホテルの方にいきますか?」と運転手に尋ねると、完璧な発音で「I don't speak English.」と言った。


 


あ、これ、『エミリー、パリへ行く』で観たやつだ。たぶんこれは、パリの洗礼。


飛び乗ったわたしが悪いけど、わたしはわたしの運に負けたらしい。トボトボと空いていた頼りない席に座った。どうすればいいか考えるのも面倒になって、半ば諦めたまま車窓の外を眺めたり、見飽きてiPhoneをいじったりしていた。


 


すると、「Madam!」と声がした。気づくと、バス停でもなんでもない道端にバスが停まっている。慌ててGoogleMapを開くと、予約していたホテルのすぐ近くにいた。


 


脳の理解に時差が生じて、ホテルの近くまで寄ってくれていたことにようやく気がついた。パリの洗礼を浴びたと思ってしょんぼりしていたわたしに、不意打ちのパリのやさしさは沁みすぎる。


 


ちょっと泣きそうになりながら「メルシー・ボーク」と伝える。


よくぞこのタイミングで、フランス語のありがとうが出てきたねと、自分を褒めたくなったけど、さすがのわたしもTPOはわきまえている。ぐっと堪えて、ささっとバスを降りた。


 


彼はニカッと笑って、余韻も残さず、猛スピードで走り去っていった。

無事にホテルに辿り着き、チェックインを済ませると、どっと疲れが押し寄せて、ベッドの上で寝落ちていた。


 


翌朝、すっかり元気になったわたしは、朝っぱらからパリ市内へと向かった。朝が早かったので、カフェに入ってコーヒーを飲んだ。カップを口に運ぶだけで気分が上がる。やっぱりパリってそういう街だ。


 


シャンゼリゼ通りを凱旋門に向かって散歩していたら、偶然、カルティエに辿り着いた。

憧れのカルティエ。


心臓がドクンと鳴った。


 


30歳を目前に、がんばってきた自分にご褒美をあげたいと目論んでいたことを思い出す。カルティエが生まれた国でカルティエを買う。そんなドラマチックなことを今このタイミングでやるのはどうだろう。


 


目の前の建物は重厚な石造りで、守られたようなその佇まいが、近づくほどに静かな圧を放っている。その圧に気づかないふりをして、一歩近づくと、ショーウィンドウのガラスにふいにうつった自分の姿が、思っていた以上にずっと幼くみえた。


 


カルティエはまだ、自分には似合わない。


 


そう確信めいてしまったわたしは、途端に恥ずかしくなって、扉に手を伸ばす勇気が出ず、通りすがりのふりをしてその場を離れた。

ルーブル美術館、エッフェル塔、セーヌ川。どこを歩いても頭の片隅からカルティエが離れなくて、それなのにどうしても勇気が出なかった。そうやってグズグズしているうちに、あっという間に3日が経ち、結局わたしは何も買えずに帰国した。


 


 


それから一年後、わたしは20代を終えて、30歳になっていた。


 


夏の暑い日、たまたま麻布台ヒルズのカルティエの前を通りかかった。あの日、入れなかったカルティエ。なぜかわからないけど、その日、勇気とかタイミングとかそういう言葉を飛び越えて、気付けば扉を開けていた。

鏡の前で試着したのは、ずっと憧れていた「クラッシュ ドゥ カルティエ」のリング。指にはめた瞬間、心臓の音がすこしだけ早くなった。思っていたより重くて、思っていたよりしっくりきて、わたしはその場で即決した。


 


自分にとって初めてのカルティエ。身につけるものの中で、一番高価なお買い物。


 


背伸びをしてでも、「似合うようになりたい」と思えるものを選ぶということ。それはきっと、いまの自分を信じてあげる行為でもある。


 


似合うまで待ってたらキリがない、なりたいと思うからなるんだしって言い聞かせながら少し背伸びをしたこの日、またひとつ自分のことを好きになれた気がした。

パリでお店に入ることすらできなかったカルティエ。次にパリへ行くことがあったら、29歳のあのとき、カルティエに入りたくても入れなかった自分を迎えに行きたい。


 


たった一年、されど一年。


 


相変わらずわたしの前髪はオン眉だし、学生に間違われることも多いけど、大人のふりをしながら少しずつ、憧れを現実に変えていければいいな、なんて思っている。

photograph & text:MISATO SHIMIZU

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