批判はオールドメディアへ。買春を容認してきた「社会」への怒り
論争は個人の行動に留まらず、買春をカジュアルに扱ってきた旧来のメディアや、それを許容してきた社会全体への批判にまで及んでいます。
「テレビで芸人さんとかが恥ずかしげもなく風俗の話を面白い話としてしているのも悪い影響を与えている。一緒に出ている女性タレントさんがその話に笑ったりする感じも良くない。」など、TVを中心とした旧来のメディアによる「風俗ネタ」が、問題の深刻さを薄め、社会全体を「脱感作」(感覚の麻痺)させているのではないかという懸念が示されています。
また、「消防団では他愛も無く話していると聞きました。やはり、あれはおかしい世界の話だったんだ。」など、 地域社会や閉じたコミュニティ内で買春が公然と語られている現状を皮肉る声もあり、二重基準の倫理観を長年容認してきた社会全体への怒りが垣間見えます。
対立する「個人の選択の自由」と「職業差別」という反論
一方、買春という行為に対し、寛容な価値観を持つ層や個人の自由を主張する層からは、厳しい非難に対する反発が根強く寄せられています。買春を極端な道徳的汚点と見なすのは「過剰反応」であり、個人の選択の範疇と捉える従来の視点が根強いことがうかがえます。
また、「その価値観の方がおかしいのでは?それは職業差別でしょ?」と、 サービス提供側を「職業」として認める立場から、倫理的な批判を「差別」として退ける、長年続く論点です。

