耐えきれない痛みとともに相談先がない孤独を抱えてきた
表皮水疱症は、皮膚や粘膜が剥がれたりするだけでなく、口の中や食道が傷ついたりすることで食事をとることが難しくなったり、繰り返し皮膚がはがれることで指が癒着するなど、日常生活にも大きな影響を与える病気。推定患者数は約500~1,000人と言われる希少な遺伝性疾患です。
セミナーでは、「表皮水疱症友の会 DebRA Japan(デブラ・ジャパン)」の代表を務める宮本恵子さんが、当事者として自身の経験を語りました。
宮本さんは生まれつき栄養障害型表皮水疱症を患いながら、40代を過ぎるまでこの病気の診断が下りなかったと話します。

「表皮水疱症友の会 DebRA Japan(デブラ・ジャパン)」代表の宮本恵子さん
「私は札幌に住み、市内のいくつもの病院にかかっていましたが、この病気を正しく診断してくれる医師はひとりもいませんでした。この病気は毎日、ちょっと物にぶつかるだけ、身に付ける物や食べる物が固かったりするだけ、といったわずかな刺激で皮膚がめくれ、水ぶくれやびらんが発生します。毎日繰り返すことで指同士が癒着してしまい、次第に関節が曲がっていきました」(宮本さん)
病名がわからないまま医療機関を渡り歩いた宮本さん。毎日めくれる皮膚の感染を防ぐため抗生剤を塗ってガーゼで保護をするなど、自分なりに対処をしながら病気とたったひとりで闘う日々を過ごしました。ガーゼ交換のときには皮膚もはがれてしまい、耐え切れないほどの痛みをともなうのだそうです。

毎日繰り返す水疱とびらんの処置には痛みを伴い、多くの時間も費やす/DebRA Japan 提供資料より
「以前は包帯やテープ、ガーゼなどの医療材料に対する公的な支援がまったくなく、すべて自己負担でした。医療材料だけで毎月20万円ほどの費用がかかり、家計を圧迫していました。ガーゼと聞くと軽く思われるかもしれませんが、私たちにとっては生活に欠かせない“命を守る道具”です」(宮本さん)
専門医に出会い、患者会を発足
宮本さんが表皮水疱症の確定診断を受けたのは、皮膚がんを発症したことがきっかけでした。
「44歳のときに皮膚がんを発症し、そのときの担当医が初めて確定診断してくれました。医師は『これは一生治らない病気だから一緒に闘おう。一緒に患者会を作ろう』と言ってくれました」(宮本さん)

左は30代のころの宮本さん。50代(右)では指が癒着してしまっている/DebRA Japan 提供資料より
医師の言葉をきっかけに、宮本さんは2007年「表皮水疱症友の会 DebRA Japan」を立ち上げました。現在、患者会には200名を超える患者が登録しています。
「この病気のある子どもたちの多くは、皮膚がむけた状態で生まれます。この病気の治療について知っている医師も少ないので、ご家族はインターネットで必死に情報を検索して患者会にたどり着くことが多いです。私は、日本国内に数人しかいない専門医の先生方と、患者会にたどり着いてくれた人とをつなぐ役割をしてきました。
この病気を抱える人は誰に相談してよいかもわからず、『自分だけがこんな病気なのでは』と孤独を感じ、悩み苦しみます。患者会ができるまでは、患者同士で情報交換する機会もなく、医療者を探すつてもなく、患者たちは本当に苦労していました」(宮本さん)
宮本さんは患者会の活動を通して厚生労働省に働きかけ、医療材料を保険適用にすることや、傷につきにくい医療材料の認可を求め導入を実現するなどし、患者の生活の質の改善に取り組み続けてきました。
