真面目さと協調性。【NBAダンサー】寺田智美さんに聞く、アメリカで見つけた「日本人の強み」とは

真面目さと協調性。【NBAダンサー】寺田智美さんに聞く、アメリカで見つけた「日本人の強み」とは

アメリカ・シカゴに2年間住み、現在は日本でフリーアナウンサーをしている渋佐和佳奈さん。これまではシカゴから現地の最新事情を伝えてくれていましたが、これからはアメリカと日本、両国で暮らしたからこそ気づくトピックスを独自の視点で伝えてもらいます。


 


今回は、世界最高峰のバスケットボールリーグ”NBA”の舞台で、日本人として初めて、そして唯一、3チーム・計7シーズンにわたり活躍したダンサー、寺田智美さんをご紹介。”知られざるNBAダンサーの世界”、そして異国の地で感じた”日本人の強み”について、貴重なエピソードとともにお届けします。

アメリカでは、10月からNBAの2025シーズンが開幕! もしアメリカへ行かれる機会があれば現地観戦を強くオススメしたいほど、会場の熱気や選手の超人級プレー、観客を巻き込むエンターテインメントの迫力は、さすが本場、凄まじいです。そんな華やかな舞台を支える存在のひとつが、NBAダンサー。じつはその中に、日本人ダンサーがいることをご存知でしょうか。


 


今回お話をうかがったのは、昨年までNBAでダンサーとして活動していた寺田智美さん。「サンアントニオ・スパーズ」「クリーブランド・キャバリアーズ」「シカゴ・ブルズ」と、NBA3チームで計7シーズンを務めた日本人女性です。

現役最後の所属チームがある拠点アメリカ・シカゴにて。今も、シカゴと日本で二拠点生活をしています。

保険会社勤めから世界へ 夢をあきらめず20代最後の挑戦

智美さんがチアを始めたのは高校1年生のとき。大学まで競技チアを続け、卒業後は保険会社に勤務しながら社会人アメフトチームでチアリーダーを務めていました。


 


30歳を前に、趣味としてチアを続けるにはそろそろ区切りかなと思っていたころ、NFL(アメリカンフットボールリーグ)のチアリーダーに挑戦する先輩の姿を見て、一度でいいから本場で自分の力を試してみたいと心が大きく動かされました。しかしNBAダンサーオーディションの倍率はおよそ20倍。300400人の応募者から選ばれるのはわずか16〜20人という狭き門です。


 


その難関に初めて挑んだ2016年、智美さんは見事、合格。けれど、あまりに時間がないなか受けたことでビザの取得が間に合わず、結局このときは夢の舞台には立てませんでした。しかしアメリカでも自分の力が通用することを確信した智美さんは、その1週間後には職場の上司に「今年度末で退職します」と伝え、再挑戦を決意します。仕事を続けながら英語をゼロから学び、ダンススキルを磨き直して迎えた翌年。名門「スパーズ」のチームに合格、念願のNBAダンサーとしての人生が始まりました。

スパーズ時代、仲間たちとNBAコートに登場する瞬間。NBAダンサーのかっこいいパフォーマンスをぜひ会場で見ていただきたいです!

夢にまでみたNBAのコートで初めてパフォーマンスした瞬間、約2万人の観客の熱気とアリーナ全体の高揚感に、思わず涙が止まらなかったそうです。私自身シカゴにいた際、アリーナの中心で輝く智美さんの姿を見たことがあるのですが、とにかくかっこよく、同じ日本人として胸が熱くなったのを鮮明に覚えています。


 


しかし、華やかな姿の裏で、突然の試練に心が挫けそうになったことも。ようやく夢を手にした1年目のシーズン終盤に、チームから突然ダンス部門の解体を告げられ、思いもよらぬかたちで居場所を失うことになったのです。それでも、「まだ挑戦できるチームがある」と支えてくれた仲間の言葉を胸に挑戦を続け、キャバリアーズに移籍。4シーズンのうち3シーズンはキャプテンとしてチームをまとめ、さらに2022年にはブルズへ。 日本人として3チーム・7シーズンを経験した唯一のNBAダンサーとなりました。異国の地でチームには日本人ひとりという状況で、どのように信頼を得ていったのか……そこには智美さんがつねに大切にしている2つのことが関係しているように感じました。

超満員のアリーナの中央で観客を魅了する智美さん。

異国の地で見つけた「日本人としての強み」

智美さんが現役時代に大切にしてきたことを尋ねると、迷いなく2つの言葉が出てきました。一つ目が、日本人としての誇り。海外で暮らして初めて、日本人の真面目さや協調性がどれだけ強みであるかを実感したそうです。自分では普通のことでも、あなたは本当に真面目ねとまわりから驚かれる。自分の主張や気持ちをはっきりと表現するアメリカ人に対し、日本人ならではの、相手の気持ちを思いやったり、尊重しながら物事を進める姿勢が、チームの信頼を得るうえで大きな力になったといいます。


 


もう一つ大切にしていたのが「感謝。海外での女性のひとり生活、日常生活の些細なことも文化や言葉の壁があると、その一つひとつが何倍にも大変になります。思い通りにいかず挫けそうになったときは、応援してアメリカに送り出してくれた家族や友人の顔を思い浮かべ、その人たちへの感謝を胸に、頑張る姿を見せることが恩返しと、毎日を全力で過ごしたようです。

キャプテンを務めていたキャブズ時代、和気あいあいのチームの中心に智美さんがいます。アメリカ人の個性を尊重する文化と、日本人の協調性をうまく調和できるよう意識していたと話してくれました。

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オトナミューズウェブ

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