語られない部分にある想像の世界
『ねずみくんのチョッキ』は、あえて多くを語らない引き算の美学があります。ページに広がる余白は、引き算の美学の象徴です。
背景や余計な情報が一切描かれていないからこそ、読者の視線は、ねずみくんの小さな目線や手の角度といった細部に集中します。セリフにはない戸惑いや期待、悲しみといった豊かな感情を、余白から汲み取ることができます。
さらに、あえて描かれていない部分があることが、読み聞かせの場では「次、どうなると思う?」「ぞうさんが着たら、どうなっちゃうかな?」といった会話が生まれるきっかけに。
子どもとの間に自然とコミュニケーションが生まれ、物語は読者の数だけ膨らんでいきます。
もう一度、ねずみくんに会いに行こう
絵本を読む時間は、あわただしい日常の中で親子が心を寄せ合う大切なひとときです。
子どもが指でページをめくる音、読む人の息づかい、そして物語の終わりに訪れる静かな余白。そのすべてが重なり合って、心をやわらかく包み込むようなひとときが生まれます。
忙しい毎日のなかで、子どもとじっと一冊の絵本に向き合うことは、情報も予定も詰め込みがちな現代の暮らしにおいて、かけがえのない時間です。
大人になってから読む絵本は、懐かしさの中に新しい発見があります。子ども目線で感じていた物語が、今度は親として、あるいは一人の大人として、異なる意味を持って胸に届きます。
お母さんが編んでくれた赤いチョッキのように、『ねずみくんのチョッキ』は、世代を超えて温もりをつなぐ一冊です。
ぜひもう一度、『ねずみくんのチョッキ』を手にとってみてください。
◆参考資料
・Webサイト
ポプラ社「ねずみくんのチョッキ|ねずみくんの絵本」(最終確認:2025年11月5日)
ポプラ社「ねずみくんのおいわい|ねずみくん50周年特設ページ」(最終確認:2025年11月5日)
ポプラ社「『ねずみくんの絵本』シリーズ作者 なかえよしをさん&上野紀子さんインタビュー」(最終確認:2025年11月5日)
PR TIMES「〖祝・アニメ化〗誕生50周年を迎えたロングセラー絵本『ねずみくんのチョッキ』 シリーズ初のTVアニメ化が決定」(最終確認:2025年11月5日)
月刊MOE Web「誕生50周年 ねずみくんのチョッキ展 なかえよしを・上野紀子 想像力のおくりもの」(最終確認:2025年11月5日)
mi:te「なかえよしをさん・上野紀子さん絵本作家インタビュー」(最終確認:2025年11月5日)
ダ・ヴィンチニュース「夫婦二人三脚で『ねずみくんの絵本』を制作!『生きてるときに「がんばったね」と褒めてあげたかった』【なかえよしをさんインタビュー】」(最終確認:2025年11月5日)
・書籍
松居直『絵本とは何か』筑摩書房、2023年12月発行
