秋空の下の終幕
数日後、園では、たつきが楽しみにしていた芋ほり大会が行われました。私も楽しみだった保護者参加行事です。久美子さんは夫婦そろって参加していました。
といっても、たつきは1歳児クラスなので、先生があらかじめ掘っていたおいもを「おいもさんあるかな〜?」と掘り返すだけのものでしたが、得意げにおいもを持つ姿に感激してしまいました。
ですが、その時―――。
「きゃっ!」
年長クラスの畑の方で、女の子の声がしました。見ると、久美子さんの娘さんと、恵美さんの娘さんがもつれ合って転んでいました。どうやら、ふざけてぶつかった拍子に、2人ともバランスを崩したようでした。
幸い、どちらにも大きなケガはありませんでしたが、ただ、恵美さんの娘さんの頬に、少しだけ擦り傷ができていました。久美子さんの顔が、凍りついたように強張っていくのが見えました。でも、恵美さんは何事もなかったように、娘さんたちに駆け寄り、やさしく言いました。
「よしよし、大丈夫。びっくりしただけだね」
救護係の先生を呼び、ふたりを見送って、久美子さんに振り返って言ったのです。
「うちは、慰謝料はけっこうですから」
秋の澄んだ空に響きわたるような、通る声ではっきり言ったのです。その言葉が、周囲の空気を一瞬で変えました。
「慰謝料…?」
「えっ?あの話、本当だったの?」
ざわざわと、保護者たちの間で小さな波紋が広がっていくのがわかりました。久美子さんは顔を真っ赤にしています。そんな久美子さんを気にも留めず、恵美さんはさっさと保健室へ行ってしまいました。
その横で、久美子さんの夫が言いました。
「お前がおかしなことを言うからだろ…」
久美子さんはよっぽど恥ずかしくなったのか、その場を立ち去りました。その後、久美子さんは以前よりも静かになり、目立つこともなくなったように思います。
たつきは今日も元気に登園しています。私もまた、ようやく普通の日々を取り戻しつつあります。
自分の子を守ること、そして自分自身を守ること。そのふたつは、同じくらい大切なんだと、私はやっとわかりました。子どもがいるとさまざまなトラブルに見舞われて慌ててしまうことがありますが、周囲の意見を聞きながらじっくり対処することが大事だと思います。
あとがき:悩み抜き、最後には貫いた信念
誰かの正しさに押しつぶされそうになっても、自分の中の小さな声を信じること。母として、人として、ゆかりさんは傷つきながらもその声を守り抜きました。彼女にとっての誠意は、形ではなく、まっすぐな覚悟でした。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
記事作成: 光永絵里
(配信元: ママリ)

