
■金融マンが見つけた“もうひとつの朝”
金融の世界から、カウンターの内側へ
金曜の朝。まだ街が目を覚ます前の東京・日本橋、コレド室町テラス店。静かな店内で、トージさんはゆっくりエプロンを結ぶ。外資系金融機関でアナリストとして働く彼は、世界のマーケットと向き合う日々を過ごしている。そんな彼がスターバックスで働き始めたのは53歳のときだった。
「アメリカで暮らしていたころ、毎朝スターバックスに立ち寄っていた」というトージさん。「帰国してからも通い続けていて、いつか働いてみたいと思っていました」と話す。その長年の思いが、今現実になっている。

週に一度、金曜の早朝。CS(カスタマーサポート)として、開店準備や納品チェック、店内整備など、さまざまな業務を担当する。外はまだ薄暗く、静まり返る中で聞こえてくるマシンの音が一日の始まりを告げる。「お客様が安心できる空気をつくるには、まず自分が穏やかでいること」。そう穏やかに語る声が印象的だ。照明がひとつずつ灯り、店が少しずつ目を覚ましていく。
ここで働き始めて印象に残っているのは、出勤と退勤のたびに行う“振り返り”の時間。出勤時には「今日はどんな体験を届けたいか」を言葉にし、退勤時には「できたこと」「できなかったこと」を共有する。そうやって一日を締めくくるうちに、少しずつ気づきが増えていった。「研修のときは理解しきれなかったミッションも、働くうちに“こういうことか”とわかってきました」と照れくさそうに笑う。
チームで働く心地よさ
金融の仕事では常に頭を回転させる。一方で、ここでは体を動かし、人と向き合う。「頭が真っ白になる感じがちょうどいいんです。無心で働ける時間が心を整えてくれる」。スターバックスの朝は、彼にとってリセットの時間だ。
トージさんは、英語を活かして海外からの来店客に声をかけることもある。たとえば道案内をしたり、注文のサポートをしたり。短い言葉でも相手がふっと笑顔になる瞬間に、人と人をつなぐぬくもりを感じるという。
最初のころは失敗も多かった。ホイップをこぼしたり、手順を間違えたり。それでも誰も責めない。仲間のパートナーたちは、「“私も最初そうだった”って笑ってくれたんです」。そんな言葉に救われ、また次の挑戦へ進む勇気をもらった。

少しずつ職場の空気に馴染むにつれて、チームで助け合う心地よさを感じるようになった。「みんなが“ストア全体”を見て動いているのがすごいと思いました。アナリストの仕事も個人プレーに見えて、実はチームプレーなんです。周りを見て動く力が、ここで磨かれた気がします」と話す。
学生時代に打ち込んだバスケットボールを思い出しながら、「ポジションは決まっていても、試合の流れを見て動く。その感じに近いですね」と笑う。お店でも状況を見て判断し、仲間を支える。その動きが自然にできるのが楽しいのだという。

そんななかで印象に残っているのは、ある朝のこと。皿洗いをしていたとき、後ろに皿が溜まり始めて焦っていたら、次の人が“私、皿洗い得意だからやるね”と声をかけてくれた。「本当にすごいなと思いました」。そして、「新しい人が入っても、数日で周りを見て動けるようになるんです」。どの瞬間も誰かが声を掛け合い、自然に助け合う。その光景を見ながら、“ここで働いてよかった”と感じることが増えた。「そういう声かけが自然にできるのが、さすがスターバックスだなと思って」と微笑む。
もうひとつの自分に出会う時間
在庫管理の話になると、少し真剣な表情になる。「支えているなんてまだ言えませんけど、当たり前のことを当たり前にやる。凡事徹底みたいな感じですかね。それはアナリストの仕事も同じ。どんな仕事も細かいことをきちんとやるのが大切なんです」。その穏やかな声に、責任感がにじんでいた。

トージさんにとって、ここで働く時間は“もうひとつの自分”に出会える時間。「みんなが声を掛け合って助け合う。そんな環境の中で働けるのが楽しいんです。仕事ってお金だけじゃない。人との関係だったり、日々の充実感だったり。ここで働くことで、あらためてそう感じました」
金融のデスクから離れ、カウンターに立つ数時間。体は少し疲れていても、心は軽い。コーヒーの香りを背に、また新しい一日が始まる。
■コーヒーの香りと噺の笑いがつなぐ小さな元気
お客様の笑顔が原点
大阪・梅田のLUCUA Osaka 地下2階店。やわらかい照明に包まれたシックな雰囲気の店内で、エスプレッソマシンの音が響く。米谷さんの「いらっしゃいませ」が広がると、空気がふっと和らぐ。
入社して21年。今はバリスタgrandeとして、変わらぬ笑顔でお店を支えている。スターバックスで働くきっかけは、1人の客として訪れたとき。「明るく丁寧な接客に感動して、“こんなふうに働きたい”と思ったんです」。その想いを胸に、今もカウンターに立っている。

ライフスタイルが変わっても、仲間の支えがあったから続けてこられたという。「無理せず、自分のペースで働ける環境がありがたいです。ストアに来ると、いつも元気をもらえるんです」。だからこそ、どんな時も自然体で接することを大切にしている。お客様の笑顔に励まされる瞬間が、何よりのご褒美だ。
そして米谷さんにも、もうひとつの顔がある。アマチュア落語家“華志亭芽吹(はなしていめぶき)”として、人を笑顔にする舞台にも立っているのだ。
落語がくれた新しい挑戦
落語を始めたのは2013年。入院していた父の笑顔がきっかけだった。「落語を聴いて笑う父を見て、自分も挑戦してみようと思いました」と振り返る。ニュースで見た「一般の人も学べる落語教室」に心を惹かれ、迷わず申し込んだという。
初めての演目は約20分。A4用紙10枚分の台本を覚えるのは想像以上に大変だったそう。宮崎出身の彼女にとって、上方落語のイントネーションを身につけるのはまさに挑戦。「九州の柔らかい言葉とは全然違って、最初は音楽の練習みたいでした」と笑う。もともと鹿児島弁の落語が好きで、鹿児島出身の落語家が演じる噺をカセットで繰り返し聴いていたという。そして、気づけばそのリズムに惹かれ、落語の世界に夢中になっていった。

今ではボランティアとして地域の会館や福祉施設の舞台に立ち、ときには三味線の伴奏を務めることもある。「お客様の表情を見ながら話すんです」と話す声もやわらかい。緊張すると空気が固まってしまうから、まず自分が楽しむようにしているそう。さらに、スターバックスの懇親会で落語を披露したこともあるという。スターバックスにちなみ、当時の芸名は“大川亭星香(おおかわていせいか)”。「着物で舞台に立ちました。恥ずかしかったけど、今までで一番笑ってもらえた気がします」とうれしそうに笑う。舞台でもカウンターでも、誰かを笑顔にしたいという想いは変わらない。
笑いを届ける力を、カウンターにも
落語を始めてから、接客にも変化があった。「以前は決まりきった言葉しか使えなかったけど、今は心からの言葉で話せるようになりました」。表情を見て声のトーンを変え、相手の反応を見ながら自然に会話を重ねる。その瞬間に生まれる笑顔が、何よりの喜びだ。「舞台でもお客様が笑うタイミングがわかるんです。スターバックスでも同じように、目を見て話すようにしています」。落語で培った観察力と間の取り方が、接客にも息づいている。

さらに、コロナ禍にはオンラインでウェブデザイン講師にも挑戦した。「人と話す機会が減って、心が少し沈んでいたんです。だからこそ、スターバックスでお客様と交わす声が、何よりの支えになりました」。デザインの知識は店舗資料づくりに、落語の経験は接客の表現力に活かされている。違う世界で得た学びが、カウンターの中に静かに息づいている。

「ここに来ると、ちゃんと頑張れてる自分を思い出せる。“あなたはそれでいいよ”って言ってもらっているような気がするんです」。その言葉が、20年という年月を静かに物語っていた。
■それぞれの時間に流れる想い
朝の静けさの中でエプロンを結ぶ人。午後のにぎわいの中で笑顔を届ける人。働く時間も景色も違っても、誰かを思う気持ちは同じだ。トージさんにとってスターバックスは心を整える時間、米谷さんにとっては自分を支えてくれる場所。その姿が、街の日常を優しく照らしている。
カップを手にしたお客様がふっと笑顔になる。その瞬間のぬくもりに、ふたりの想いがそっと重なっている。
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