ヘレン・シャルフベック《黒い背景の自画像》と映画『魂のまなざし』――男性優位の社会で彼女は何を考えた?

映画『魂のまなざし』と男性優位社会

参照:魂のまなざし - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

2020年に公開されたフィンランド映画『魂のまなざし』(原題『Helene』)は晩年のシャルフベックを描いた作品です。物語の重要人物が、先ほどもご紹介したエイナル・ロイターです。森林保護官・作家で、独学で絵を学んだ彼は、シャルフベックの才能を初期から認め、世に広めようと奔走しました。次第に2人の間には深い友情と、時に愛情にも似た関係性が生まれます。

ヘレン・シャルフベック《船乗り(エイナル・ロイター)》(1918)/個人蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.

映画は、芸術の喜びだけでなく、社会的な壁も鮮明に映し出します。20世紀初頭のフィンランド芸術界は男性中心で、女性画家は「趣味人」と見なされがちでした。シャルフベックもまた、才能を認められながらも、経済的困窮や社会的評価の低さに苦しみます。画家として独立しようとする意志は、当時の社会規範からすれば「女性らしからぬ野心」とされたのです。

『魂のまなざし』は、彼女が男性優位の世界で何を考え、どう闘ったのかを描いた作品です。愛する人に裏切られ、社会での居場所に苦労しても、彼女は筆を置きません。むしろ孤独と失意の中で、自画像という形で自己を描き続けました。

映画のスクリーンに映るシャルフベックの眼差しは、《黒い背景の自画像》と響き合い、現実とフィクションの境を越えて観客に迫ってくるようです。

《黒い背景の自画像》は単なる肖像画ではない?

シャルフベックは《黒い背景の自画像》を自らの記念碑として描きました。他者に見せるための美しさではなく、自分自身に突きつけた「生と死の問い」が感じられます。

絵を見つめると、まるでこちらに視線が返ってくるような感覚に襲われます。死を予感しながらも、最後まで制作を諦めなかった眼差し。そこには芸術家としての誇りと、人間としての孤独が重なっているようです。わたしたちはただ彼女の顔を見るのではなく、生の有限さを痛感させられます。

現代に生きるわたしたちにとって、この作品は「老いをどう受け入れるか」「孤独とどう向き合うか」という問いを投げかけます。華やかさや若さだけが価値ではない。「ありのままの姿を描く勇気こそが芸術の本質である」とシャルフベックは教えてくれています。

《黒い背景の自画像》は単なる肖像画ではありません。それは画家ヘレン・シャルフベックの「魂のまなざし」であり、時代を越えて私たちを見返す存在そのものなのです。

配信元: イロハニアート

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