“今度の「合法的脱税(マネーロンダリング)」は、暗号資産(クリプト)! これが令和の冒険ミステリーだ!!”
橘玲さん11年ぶりの書き下ろし長編『HACK(ハック)』を作家の垣根涼介さんにお読みいただきました。
水天一碧()の彼方
テレビを見なくなって久しいが、短時間点けていた六、七年前でさえ、気持ちの悪い番組が跳梁()していた。
「ジャパンはクール」だとか、「何故訪日したのか」、あるいは「日本のどこが凄いのか」などという番組で、訪日外国人が口々に日本を褒め称えるという(日本人が制作した)番組だ。
外国人たちは、民度、四季、治安、食の美味しさなどを絶賛するが、決して口にしない、あるいは番組が放映しない一番の訪日理由がある。簡潔な一言だ。
「日本が『安い』国になったから来た」

それも当然で、日本の「ビッグマック指数」は、今やタイより安い。
この小説は、そんな現代日本から飛び出して、東南アジアで漂泊するように暮らす若者が主人公だ。暗号資産で財を太らせ、バンコクをベースキャンプに何不自由ない生活をしている。そしてハッカーの彼は、犯罪で得た裏金をビットコインにロンダリングするという国際的謀略に巻き込まれていく。
小説の冒頭に、次の一文がある。
「世界はHACKされるのを待っているバグだらけのシステムだ」
その通りだ。世界は総体として見れば八割方、「強欲」と「恐怖」で動いている。皆、この資本主義社会では(悪意なく)誰かを出し抜こうとする。だからこそバグだらけで、それを一時的にハックした者が、金銭的には笑うシステムとなる。
橘玲は小説にしろ新書にしろ、そんな「身も蓋もない」ヒトと社会の実相を、常に読者へと突き付ける。徹底した合理で腑分()けしていく。気楽なサルトルの時代など、とうの昔に終わっている。
ところで何故に橘氏は、このような世界を紡()ぐのであろうか。
手元にある氏のエッセイに、こんな一文がある。
「ぼくが通っていた高校は高台にあって、体育の時間以外はずっと窓から外を眺めていた。東海道新幹線が走っていて、その先に銀色に輝く海が広がっていた」
そして、こう文章を締め括る。
「あの海の向こうにはなにがあるんだろうと、ずっと思っていた」
おそらく氏は、水天一碧の彼方にある世界を、今も探し続けている。
だからこそ、そこに至る足元からの現実に、明確な道標を立てるのかも知れない。

