ルーベンスの集大成《三美神》
「三美神」はギリシャ神話の女神たちで、アグライア(輝き)、エウプロシュネ(喜び)、タレイア(花)を指します。「人間の内面は愛欲と純潔が対立しているが、愛によってバランスが取られている」ことを示すのによく用いられます。
ピーテル・パウル・ルーベンス《三美神》(1630〜1635)/プラド美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
古代ギリシャ・ローマの結婚式では、歌やスピーチに三美神がよく登場しました。たとえばクラウディアヌスは、ホノリウス2世(第163代ローマ教皇)とマリアを称える歌において、「ヒュメナイオス(結婚の祝祭神)よ、祝祭の松明を選びなさい。グラース(三美神)よ、花を選びなさい。」と記しています。
左側にいる金髪の女神は、エレーヌがモデルだといわれています。後ろの木にかかっている服が、神話の時代のものではなく、他の作品で描かれた彼女の普段着に似ているためです。また、死去するまでルーベンス自身が所有していたため、顧客に注文された作品ではないと考えられています。
ピーテル・パウル・ルーベンス《馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像》(1639)/ルーヴル美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
軽やかな筆使いなのに、彼の培ってきた技術が凝縮された《三美神》。光を受けた肉体はあたたかく、表情や動きがやわらかで、身にまとった宝石まで細かく描かれています。輪の形になった女神たちは、官能性や活力、喜びを全身で表現しているようです。美しさを具現化できたことで、おそらくルーベンスにとって晩年の自信作になったのではないでしょうか。
美の喜びは時代を超える
宗教的・政治的な役割も担っていたルーベンス。最後に描きたかったのは「人生は祝福に満ちている」ということだったのかもしれません。この作品を前にすると、女神たちに輪の中へ招かれるように、思わず深く呼吸します。その一瞬こそ、作品が現代に届けてくれる「美の喜び」なのだと思います。
