足立区の11人死傷事故「もはや殺人罪では?」との声も 適用の可能性はある?

足立区の11人死傷事故「もはや殺人罪では?」との声も 適用の可能性はある?

●犯行直後の行動は、責任能力判断の重要な要素

本件では、まだ詳しい事情がわからないため、責任能力があるとかないとか判断することはできません。だからこそ警察も詳しく捜査をしているわけです。

ただ、報道によれば、男は事故直後に現場から逃走しているようで、事故直後のものとされる動画では、自動車がぶつかった際に男がすぐにドアを開けて走り出しています。

犯行直後の行動は、責任能力の判断において重要な要素の一つとされています。「逃走」は、自分の行為が法に触れることを認識し、それを回避しようとする合理的な判断に基づくものと評価できます。

犯行直後に逃走したという事実は、犯行時に自己の行為の是非を判断する能力があったことをうかがわせる事情といえ、責任能力を肯定する方向に働きます。(犯罪事実認定重要判決50選(上)、2013年10月、立花書房/小林充、植村立郎など参照)

もちろん、最終的な責任能力の有無は、犯行直後の行動だけではなく、事件当時の詳細な状況や精神鑑定の結果などを総合的に考慮して判断されることになります。

●殺人罪が適用される可能性は?

今回の事件では、ネット上で殺人罪(刑法第199条)の適用を求める声も上がっています。殺人罪が成立するには、殺人の故意(殺意)が必要です。

「殺意」が認められるためには、必ずしも「絶対に人を殺してやろう」ということを認識していることまでは要求されません。

人を殺すほど危険な行為をしていること、自らの行為から人が死亡する結果が生じることを認識し、それでもかまわないと思っている場合(認容)には、殺意は認められます。

車を歩道で高速度で走らせ、多数の歩行者に向けて突進させた場合、人に衝突して死傷結果が生じることは認識できそうですし、それを十分に分かっている上で行為に及んだのであれば、認容もしているといえそうです。

ただし、死傷結果が生じる危険性は具体的に認識・認容していなければならず、通常は、今回のようなケースであれば歩道に人がいて、その人にぶつかってしまうという認識・認容があったことまで主張立証するため、現実に殺人罪では起訴しないのが実情です。

この点について、たとえば最高裁令和3年1月29日は、同僚の看護師にひそかに睡眠導入剤を摂取させて自動車を運転させ、事故を起こさせた事案で、対向車の運転者に対する関係でも殺意を認めています。この判決の読み方もなかなか難しく議論があるのですが、少なくとも抽象的に死亡事故を引き起こす危険性が高いということを認識・認容しただけでは殺意が認められない可能性が高いため、今後の捜査はこのような観点からも行われると思われます。

なお、同じ「故意犯」でも、先に書いた危険運転致死罪(自動車運転死傷行為処罰法2条)の場合には、たとえば7号であれば「赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する」ことの認識・認容で足りるため、殺人罪の場合とは故意の内容が違うことに注意が必要です。

今後の捜査で運転者の動機や心理状態が明らかになれば、殺人罪の適用も視野に入る可能性はありますが、現段階では未知数といえるでしょう。

(参考文献).
[刑事判例研究]殺意の認定と刑訴法382条最二小判令和3・1・29向井香津子 ジュリスト1579号150頁.
法学教室497号127頁【判例セレクトMonthly】刑法 ひそかに睡眠導入剤を摂取させて自動車を運転させる行為と殺人の故意(最判令和3・1・29)高橋直哉.
令和3年度重要判例解説 刑法1 ジュリスト1570号129頁・古川信彦.
[最高裁時の判例]刑事 最高裁令和3年1月29日第二小法廷判決 ジュリスト1564号105頁・内藤恵美子.

監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)

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