父に学んだ「自分で考える」こと
ー 破天荒で知られる五代目柳亭痴楽師匠。家族の行事は大切にされていた
小痴楽:父に関して言うと、「家族としての思い出」はあまり出てこないかもしれません。しかし、僕は父のことがとても好きでした。兄も同様です。父は、どこか「対おとこ」として子供と向き合ってくれる感じがありました。非常によく覚えているのが、「答えを出さない」姿勢です。「なんでだ、なんでだ、なんでだ」と、「なぜ、なぜ、なぜ」をずっと問いかけ続けてくれました。僕の一つひとつの行動に対しても、自分が「なぜそうしたか」を自分で考えさせるように、という接し方でした。
この世界に入ってから、(桂)歌丸師匠や(三遊亭)小遊三師匠をはじめ、皆様に可愛がっていただいております。その師匠方の教え方が、父と全く同じなんです。「どうしてそのネタを選んだのか」「なぜだ、なぜだ、なぜだ」「どうしてこのように演じた、なぜだ、なぜだ」と、問いかけられます。「こうした方がいいよ」という答えは出してもらえないのですが、その感覚が非常に懐かしいです。父は僕が16歳の時に病気で喋られなくなってしまったため、師匠方とのやりとりの中で、ふと「懐かしいな、この感覚」と、父との思い出を重ね合わせることがあります。
特に今の時代は、「考える」ということが非常に重要なことではないかと思います。一度自分で考えて、冷静になってから口に出す。稽古事に限りませんが、そういった姿勢に持って行ってくれたのは、僕にとって非常に良い教育でした。父は意識して考えてやっていたわけではないとは思いますが、感謝しています。
二つ目ユニット「成金」の今
― 二つ目時代から小痴楽師匠に注目して何度も落語会に足を運んでいる大野恵という大の落語ファンのアナウンサーから、質問を3つ預かっております。最初はユニット『成金』について。「メンバーと今も交流がありますか。アドバイスし合ったりされているのですか」と。
小痴楽:寄席で「成金」のメンバーがトリをとっていたりするとその番組の中に入っていて会うこともありますし、二人会、三人会で呼んでもらうことも多いです。落語会では年末に『大成金』と題して大きな小屋を借りて11人揃うということをやっています。また10人、11人が集まり年に一回ほど旅行に行ったりもしています。プライベートでもいまだに遊んでいます。
この世界は上下関係が厳しく、特に上が下に芸のことを聞くとかそういうことはあまりありません。ところが「成金」のメンバーは上下関係ではなく横の関係が強くて「同期」に近い関係です。僕が「成金」の中ではキャリアは一番上なんですが年齢は一番下。なので、何かわからないことがあると「人として」何かを聞くことが多いです。悩みというほど大きなものではないんですが。「あれ、これはどうしたらいいかな?」と思ったことを「そっちだったら、どうする?」みたいな感じで聞いたりしています。
それこそ(桂)宮治さんや(神田)伯山さんは、もう一つ上のステージを見てるので。なにかそれにちょっと近いようなお仕事を頂いた時は失敗はしたくないので。「これ、あなたがやったらどうする?」という感じで、迷うことがあると普通に、率直に相談することもありますね。
ー 宮治さんには芸の上でも刺激を受けたと自著の中でも仰ってますね
小痴楽:宮治さんはそれこそ15年前ぐらいになりますが。宮治さんの高座を観たらとにかく面白かったんです。その芸を観て、自分のしたいこととしたくないこと、出来ることと出来ないこと。求められていることなど「自分の高座」を見直す大きなきっかけになりました。
宮治さんのような落語は僕には出来ない。ただ「観るのは大好きだ」と。とても笑える。ただ「自分が大好きで笑えるものが、必ずしも自分のやりたい落語ではないんだ」など、面白い感覚を気づかせてくれたのは宮治さんです。

(X「柳亭小痴楽」から)

