勝利の時―――〈シャルパンティエ夫人と子供たち〉誕生
1879年のサロンに、ルノワールは満を持して〈シャルパンティエ夫人と子どもたち〉を出品、見事に入選を果たす。
ピエール・オーギュスト・ルノワール、〈シャルパンティエ夫人と子どもたち〉、1878年、メトロポリタン美術館(パブリックドメイン), Public domain, via Wikimedia Commons.
縦約1.5m、横約1.9mの大画面に描かれているのは、邸内の一室でくつろぐ母子3人の姿だ。
左で大型犬にまたがるのは、長女のジョルジェット。その右隣で彼女と視線を交わすのは、お揃いの水色の衣装に身を包んだ弟のポール。そして画面の中心では、黒いドレスに身を包んだシャルパンティエ夫人が穏やかで慈愛に満ちた眼差しを子どもたちに注いでいる。
室内には、孔雀を描いた屏風や浮世絵の美人画など、当時のフランスで流行していた日本趣味(ジャポニスム)を思わせる品々が配され、夫人の洗練された美意識を物語っている。従来の肖像画では、モデルたちは整然としたポーズで描かれるのが通例だった。
しかし、この作品では、日常生活の一場面を切り取ったかのように自然でリラックスした雰囲気が漂い、今にも軽やかな笑い声が聞こえてきそうだ。
それは、ルノワールが印象派の仲間たちとともに磨きあげてきた色彩表現の結晶であり、「絵とは楽しいもの」というルノワールの芸術観の表れでもある。
また、3人を夫人の頭部を頂点とした三角形に配することで、構図に安定感をもたらす「三角形構図」は、ルネサンス以来使われてきた伝統的な技法である。
つまり、この〈シャルパンティエ夫人と子どもたち〉には、ルノワールらしい明るさが前面に打ち出されながらも、古典的な要素が巧みに組み込まれている。
作品が展示されると評判になり、批評家たちも「もっとも心惹かれる作品の一つ」と絶賛した。まさにルノワールにとっての大勝利だった。
〈シャルパンティエ夫人と子どもたち〉によって、ルノワールは一躍名を挙げた。上流階級の人々からは次々と肖像画の注文が舞い込み、〈イレーヌ・カーン・ダンヴェール〉のような名高い作品の誕生にもつながっていく。
ピエール・オーギュスト・ルノワール、〈イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像〉、1880年、チューリッヒ美術館(パブリックドメイン), Public domain, via Wikimedia Commons.
ルノワールの描く人物は皆、顔立ちだけでなく表情や内面も生き生きと表現され、画面からは幸福感が滲み出てくる。
それは見る者の心も温かくし、自分もこんな風に描かれてみたい、という憧れを掻き立てずにはおかない。
そこにこそ、ルノワールの作品が時代を越えて愛される理由があるのだろう。

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