理研の大量雇い止めは何だったのか 和解した研究者が明かす裁判の舞台裏と「10年ルール」の実態

理研の大量雇い止めは何だったのか 和解した研究者が明かす裁判の舞台裏と「10年ルール」の実態

●「理不尽なことに対しては闘わなければならない」

雇い止めは実施されたものの、裁判や労組の反対運動、市民の署名活動などが影響したのか、理研は「理事長特例」として、雇い止め後も"重要な成果が期待できる人"を同年4月以降も雇用する募集をおこなった。

その結果、約半数にあたる196人が何らかの形で雇用継続となった。ただし、裁判を起こした技師2人は失職し、研究員2人は同じ身分と待遇で雇用継続されたことで、裁判を取り下げた。

Aさんの雇用も継続されたが、「上級研究員」への降格で待遇も悪くなった。しかも、研究室も解散されたままだった。

「研究成果を上げろと言うのであれば、研究室とスタッフをそのまま維持してほしいと言いましたよ。でも何の回答もありませんでした。予算も3割くらいに削減されました」

Aさんはスタッフ2人を何とか雇い研究を続ける一方で、裁判をいったん取り下げて、チームリーダーとしての有期雇用契約を拒絶されたことに対する地位確認訴訟を2023年7月に改めて起こした。しかし、2024年12月の一審判決は敗訴だった。

「一審は理研の主張を丸呑みした内容でした。私は2022年4月から3年間、科学研究費を採択されていますが、それは『個人の研究に過ぎず、理研は事務をやっていただけだから、雇用継続の合理的期待にはつながらない』という判断でした。不当判決だと思いました」

雇い止めされた技師2人の裁判は、2025年3月に和解で終結した。Aさんの控訴審も、裁判官から和解を強くすすめられ、同年10月、理研とAさんは和解し、すべての裁判が終結した。

理研が「労使コミュニケーションの齟齬に遺憾の意」を表明したことで、労組も都労委への申し立てを取り下げた。Aさんは和解に応じた理由をこう語る。

「この裁判で負けるわけにはいきませんでした。裁判官の和解案に理研が応じたことで、和解で裁判を終わらせることは、ベストではないけどベターな選択肢だと判断しました。

裁判を通じて感じたのは、理不尽なことには闘わなければならないということです。理研はブラック企業ではありません。国の公的な研究機関です。理不尽な仕打ちに対し、はっきりとものを言うのは当然でしょう。

闘ったことで、全員ではないにせよ、196人の雇用が守られました。同時に、日本の科学研究者の置かれた厳しい実態も、多少は社会に知ってもらえたのではないでしょうか」

●「腰を落ち着けて研究できる環境が必要」

しかし、雇い止め問題は終わっていない。

理研は就業規則から「5年と10年上限」を削除したが、実質的な雇用期限を設ける「アサインド・プロジェクト」を導入した。

導入当初、研究・技術職員は原則7年雇用で、1度だけ3年延長ができるとされていた。Aさんや労働組合によると、現在は年数の上限が明記されていないものの、研究者たちの不安定な立場は変わらないという。

理研と同様に研究者を10年で雇い止めする動きは、全国の大学にも広がっている。

Aさんは現在65歳。雇用が継続されたことで無期転換権を行使し、2027年3月末まで在籍予定だ。2024年6月には、長年続けてきた「がんの早期診断」に関する研究成果を米国学会誌に発表した。現在は大学との共同研究も進めている。

一方で、自分の経験から、日本の科学研究の将来を憂慮する。

「もし裁判で闘っていなかったら、研究者としての目的を達成できなかったでしょう。基礎研究は成果が出るまで時間がかかりますし、長期的に腰を落ち着けて研究できる環境がないと難しい。

アメリカでは研究者が大学と企業を行き来できますが、日本はそうはなっていません。雇用の不安定さは大きな問題ですし、理研の研究者の約7割が任期制という現状は異常です。日本の科学研究力の低下を食い止めるためにも、研究者の雇用安定をこれからも訴え続けたいです」

世界の研究機関を分析する「Nature Index Annual Table」で、理研は2022年版で87位だったが、翌年以降は100位以下に転落。国内トップの東京大学、2位の京都大学も世界ランキングの順位を下げている。

少なくとも理研については、不安定な雇用が研究力の低下に影響している可能性がある。裁判は終結したが、無期転換まで10年を要する労働契約法の「特例」も含め、日本の研究者の雇用のあり方全体を見直す時期にきているのではないだろうか。

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