世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」からおすすめ遺跡3つ

縄文人の世界観に触れる 秋田県「大湯環状列石」

大湯環状列石 万座環状列石と野中堂環状列石⑥大湯環状列石 「万座環状列石(右)と野中堂環状列石(左)」出典:JOMON ARCHIVES

環状列石はストーンサークルとも呼ばれる石の構造物です。ストーンサークルと聞くとイギリスの「ストーンヘンジ」を思い浮かべると思いますが、日本でも今から4000年前頃に、北海道や東北を中心に多くのストーンサークルが作られました。

その代表的な遺跡が秋田県鹿角市の「大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)」です。広々とした台地に日本最大級の「万座(まんざ)環状列石」と「野中堂(のなかどう)環状列石」の2つのストーンサークルが並び、当時の情景を醸し出しています。

また併設の「大湯ストーンサークル館」では、「ドバンくん」の愛称で呼ばれる門外不出の土版が人気を博しています。

「大湯環状列石」のあらまし

大湯環状列石 野中堂環状列石大湯環状列石 野中堂環状列石 出典:JOMON ARCHIVES

ストーンサークルは石を環状に配置したもので、共同墓地として作られ、これを中心として葬送や祭祀などが行われました。

今から約4000年前、日本列島は気候の寒冷化で人口が減少し、それまで大きな集落に暮らしていた縄文人は小さなムラに分散して暮らすようになりました。

その一方で、ムラから離れた場所に石を並べた墓地を作りました。その墓地を共同で維持・管理する小さなムラの集まりは、1つの地域社会となったのです。

最大径52mの「万座環状列石」と、最大径44mの「野中堂環状列石」は、それぞれ大小の石を様々な形に組み合わせた「組石」が2重の環状に配置されています。

それらの石は直線距離で約4㎞離れた川から運ばれたもので、その数は「万座環状列石」で約6500個、「野中堂環状列石」で約2000個にも及びます。

またそれぞれの列石の中心から見て北西側には、日時計のように組まれた組石「日時計状組石」が配置されています。夏至の日には、2つの環状列石の中心と「日時計状組石」が一直線にならぶ位置に太陽が沈むと言います。季節や時間を知るためのものであった可能性があるようです。

可愛すぎる!特殊な「土版」

ストーンサークルからは多くのものが出土しました。可愛いと評判の土版「どばんくん」もその1つです。

土版は祈りの道具と考えられるもので、粘土で作られた平たい板に幾何学的な文様が施されたり、顔のようなものが表現されたりすることがあります。

この土版は穴を開けることにより顔を表現しているようですが、よく見るとその穴は1から6までを表しているように見えます。

大湯環状列石 土版大湯環状列石 土版(表)出典:JOMON ARCHIVES(鹿角市教育委員会所蔵)

口が1、両目が2、向かって左胸が3、同じく右胸が4、中心が5、そして裏側の上部左に3、右に3、合わせて6。このことから縄文時代には1から6までの数の概念があったのではないかという見方もされています。

丘の上の復元された貝塚 北海道「北黄金貝塚」

北黄金貝塚 秋の風景北黄金貝塚 秋の風景 出典:JOMON ARCHIVES

美しい海を望む丘に、白い大きな貝塚があります。本来は見ることのできない縄文時代の貝塚が、一目でわかるように復元されたものです。

元は牧場であったと言う広い丘には、貝塚の他、竪穴建物や水場が復元され、北海道特有の縄文文化を感じることができます。

但し雪の降る冬季は閉鎖され、4月から11月まで限定の公開となっています。

「北黄金貝塚」のあらまし

北海道の南西部、伊達市の「北黄金貝塚」は、今から約7000年前から4500年前につくられた貝塚を伴う集落遺跡です。

日本の「貝塚」の多くは縄文時代に作られたもので、主に縄文人が食べた貝の殻が積み重なったものです。その貝殻の持つ炭酸カルシウム成分が酸性の土壌を中和することで、本来は土に分解されてしまう有機物(動物の骨など)が残っていることがあります。

この丘には5つの貝塚があり、そこから食料とした魚や海獣の骨、使い終わった土器や石器、祭祀道具、また墓や人骨も発見されました。

その発掘された当時の貝塚は埋め戻され、その代わりに2つの貝塚が復元されました。1つは丘の奥に作られた15m×15mの丸い貝塚。もう1つは海に近い丘の先端に作られた80m×20mの細長い貝塚です。

貝塚が作られた場所は、気候変動によって海岸線の位置が変化したことを示しています。それらの貝塚は不要なものを捨てる場であり、人を葬り、祭祀を行う場でもありました。

一説には、縄文人は貝殻の「白」を特別な色として認識していたとも言われています。縄文人にとって貝塚は単なるゴミ捨て場ではなく、神聖な場所であったと考えられるようです。

時代を跨ぐ造形「スプーン状の祭祀道具」

北黄金貝塚「スプーン状の祭祀道具」北黄金貝塚 スプーン状の祭祀道具 出典:JOMON ARCHIVES(伊達市教育委員会所蔵)

貝塚から出土したシカの角でできた祭祀用のスプーンには、独特の突起やスリットなどの装飾がありました。その造形は近隣の続縄文時代(本州の弥生時代)の遺跡でも見られ、4000年もの間変わらずに作られていたことが分かりました。

ここでの精神文化が時代を跨いでも変化せず、造形として長い間受け継がれていたと言えるようです。

おわりに

今回ご紹介した遺跡は、縄文の世界観がまるごと体感できる場所です。縄文人の作った造形物やそこに見え隠れする英知や美意識に触れることで、縄文時代がぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。

各遺跡の基本情報・アクセスはHPでご確認ください。
【公式】世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群

配信元: イロハニアート

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