数年前、知り合いから頼まれたのをきっかけに、高齢者向けに見守りも兼ねた弁当配達パートを始めました。私自身50代で、同居している義両親や、遠方の実家で1人暮らしをしている母の介護に日々不安を感じています。そんな中、70歳代で1人暮らし、とにかく寡黙な男性Kさんと出会いました。仕事を通じて「1人暮らしの高齢者」の暮らしぶりを垣間見た、弁当配達員の体験談です。
作業場での思い出に閉じこもるかのようなKさん
Kさんは70代後半の男性。遠くに住む娘さんからの情報では、軽い認知症の症状があるとのこと。弁当屋に娘さんからの依頼があり、私は弁当配達に訪れるようになりました。
そこは昭和時代に建てられた一軒家。奥にある倉庫兼作業場が思ったよりも広いことに、驚きました。古びた工具や測量器具、大きな装置が無造作に並んでいる様子から、いろいろな仕事を受けて忙しく働いてきたのだろうKさんの過去が伺えました。
ただ、作業台の上の使い古された皮手袋、そして壁にかけられたたどたどしい文字で書かれたメモ用紙などは、どれも埃をかぶっていて、流れた年月を物語っていました。そして作業場の一角に、かなり大きなサンドバッグがつるされているのが目を引きました。仕事の合間に、体づくりに励むKさんの若かりしころが想像できました。
母屋にいないときは、よくこの作業場で姿を見かけました。何をするでもなくぶらぶらと歩いているか、ぼんやりと座っているといった様子でした。話しかけても、いつも必要最小限うなずく程度のKさん。言葉をお聞きすることがないので、配達員の中では、Kさんは元来寡黙でストイックな方だという印象で、意見が一致していました。
姿が見えないのに驚き、探してみると
Kさんの1人暮らしを案じる娘さんは遠方に住んでいて、弁当配達のたびに安否確認のメールを送る契約となっていました。配達に伺って姿が確認できないとき、大抵は作業場にいらっしゃいましたが、時折、どこにも気配がないことがありました。
店長に連絡し、配達員全員に事態を通知、Kさんの行方を探しました。しばらくして、近くのスーパーの袋を下げて帰って来たときは、ホッとしました。しかし、家から7kmも離れた河川敷でKさんが散歩する姿を見かけたという情報が入ったときは驚きました。高齢者にしては、Kさんは驚くほどの距離を歩いているのです。それも、背筋は伸び、しっかりとした足取りだったとのこと。「昔、サンドバッグで鍛えていただけのことはあるねえ」と配達員仲間では感心する声も上がりました。
ただ、雨の日に傘もささずに国道沿いを歩いていたり、暗くなってから帰ってくるなど、そんなことがたびたび続いたので、これは徘徊につながる認知症の症状ではないかと心配の声が上がるようになりました。
安全面で心配だということで、店長が娘さんに連絡を取って事情をお伝えしました。すると、ケアマネジャーさん経由でお話があったらしく、それからKさんは遠くへ行くのは控えるようになり、暗い中を歩くこともなくなったようでした。

