不健康寿命が延び、ムダな延命治療によってつらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がる今、「長生きしたくない」と口にする人が増えています。先行き不透明な超高齢化社会において、大きな支えとなるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。
家で、自分らしく最期を迎えるために、何を選び、何を手放すべきか。本書から、一部をご紹介します。
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一人暮らしのほうがむしろハッピーに死ねます
僕は在宅緩和ケアを専門としているので、ある質問をよく受けます。
「やっぱり家族がいないと在宅ケアは難しいですよね」
僕はこう答えます。
「いえいえ、そんなことはありません。むしろ一人のほうが楽なことが多いですよ」
なぜなら、「あれはダメ、これもダメ」と口をはさむ家族がいないからです。「病気を治すためなのだから、がんばって」と家族から食事は制限され、好きなお酒やタバコは禁止、スポーツや外出もダメ……。これでは病院にいるのと一緒です。家族の心配な気持ちはわかるのですが、「身体の健康より心の健康」を考えましょう。
我慢ばかりしていると、心の状態がどんどん低下していってしまいます。
僕たち在宅緩和ケアの人間にとっても、一人暮らしの高齢者はある意味簡単です。もちろん家族がいれば、安心だし幸せでしょう。でも、足を引っ張る面もあるのです。
家族がいると、本人と家族との希望の間で、僕たち医療者が板挟みになることもよくあります。けれど一人暮らしだったら、本人の希望だけを聞いてあげればよいのです。
訪問看護師、ヘルパーなどのケア体制ができあがれば、家族のいない一人暮らしのほうが、よほど本人が望むように暮らせるのです。
そして、僕の至った結論は「人は一人のほうが、穏やかに最期を迎えることができる」というものです。もちろん、家族が理解して、楽な死に方をした人もたくさん見ています。
特に萬田診療所に家族と来られた人は、もうそれだけで幸せです。その時点で本人の希望が優先、尊重されているからです。僕は「良かったね、楽なコースだね」と声をかけます。けれど楽なコースにたどり着く人は、やはりまだまだ少数派です。

「孤独死」ではありません、「孤高死」です
それでも「でも家で一人、孤独死なんて……」と言う人もいるでしょう。「孤独死」のイメージといえば、散らかった部屋で一人逝き、何日も見つけてもらえず、変わり果てた姿で発見され……。
だいたいメディアの伝え方も、興味本位でセンセーショナルすぎます。有名な俳優さんが自宅で亡くなりました。死後何日かたっていたからといって、それを「孤独死」と断じて報じるのは失礼だと思います。
そもそも「孤独死」とはなんでしょうか。家で一人で立派に亡くなったのですから、「孤高死」と呼ぶべきではないでしょうか。一人で亡くなっていった方は、身寄りがない「天涯孤独型」、子どもとの同居を拒む「孤高型」、身内や友人が通う「支援型」などさまざまですが、いずれにしても尊敬すべき「孤高死」だと思います。
とはいえ、かつては僕にもたしかに、「終末期の患者さんを一人で家に帰すなんて、とんでもない!」と思っていた勤務医時代がありました。一人暮らしの患者だと、病院側は「一人暮らしだから家には帰せません」と勝手に言うのですが、そういう人こそ病院にいると誰とも会えなくなるのです。むしろ家にいたほうが、近所の人がけっこう来てくれたりするものです。
僕の患者で、ご近所のアイドルのような人がいました。友だちも多かったのですが、やはり家族でないと病院にまでは会いに行きにくい。けれど、家に戻ったら、たくさんの友だちが訪れていました。
在宅緩和ケアの専門医、ソーシャルワーカー、ケアマネジャーらと連携して体制を整えたうえで、本人が自分の病気をきちんと受け止めていれば、一人で最期を迎えることは、それほど難しいものではありません。
実際に、僕も一人で暮らしながら、自宅で穏やかに死を迎えた人をたくさん見てきました。自宅療養が無理かどうかは、本人が決めるもの。本人が「寂しいから不安」と言うまでは「無理」ではありません。
100歳で、認知症初期の一人暮らしの女性がいました。意思表示はできますが、記憶は定かではなく、ベッドから動けない状態で退院しました。
一人暮らしですが、そのおばあちゃんの家に近所のおばさんたち、若い子たちがひんぱんに遊びにやってきます。性格がチャーミングだからでしょう、実は彼女は「ご近所のアイドル」だったのです。

ご近所の方々、歴代の民生委員の方々が、おばあちゃんの面倒を見ているとのことでした。貯金は少しあったので、昼間の介護はヘルパーさんにお願いし、夜は家政婦さんを雇って泊まってもらっていました。
退院して1週間後の早朝、家政婦さんとご近所のファンたちに見守られ彼女は息を引き取りました。大往生だったのではないでしょうか。
他にも80歳のがん患者の女性は、大好きな自宅で好きな洋服を着て暮らし、最期は苦しそうな表情も見せずに亡くなっていきました。
また、82歳のがん患者の女性は、「いい人生だったよ」という話をした5日後、静かに亡くなりました。
病院側が「一人暮らしは無理」と決めるケースが多いと思いますが、本人が「一人は無理」と言うまでは「可能」でしょう。

