「一人のほうが、むしろ幸せに死ねます」─緩和ケア医が語る、“孤高死”という最期のかたち|萬田緑平

「一人のほうが、むしろ幸せに死ねます」─緩和ケア医が語る、“孤高死”という最期のかたち|萬田緑平

在宅緩和ケアが充実すれば、安心して一人で死ねます

85歳のウメさんは、娘さんはいましたが地元の群馬を離れており、一人暮らしでした。病院で余命1カ月と宣告され、「自宅で死にたい」という希望を娘さんも受け入れ、退院することになりました。

1カ月の宣告でしたが、退院すると、食べられたり食べられなかったり、歩けたり歩けなかったりしながら、いつの間にか半年がたっていました。ウメさんの希望は、「ぽっくり逝きたい。眠るように逝きたい」です。

僕は、ウメさんと娘さんに「セデーション」について説明していました。「セデーション」とは、終末期のがん患者さんが耐えがたい痛みや呼吸困難の苦しみに襲われた時、薬を使って意図的に意識レベルを落とすことで苦痛を和らげる医療行為を指します。

ある時、ついにウメさんの呼吸が苦しい状態になり、「先生、約束の薬、頼むよ。いいんだよ、もう目覚めなくても」と言います。

「娘さんに連絡するから、娘さんがいいって言ってくれたらね」と僕。もう一つの条件「娘がありがとうと言えていること」はクリアできています。

するとウメさんは、「大丈夫だよ、私がいいって言えば大丈夫だよ」と食い下がります。

僕の方針は「本人の好きなようにさせる」ですが、さすがにこれには抵抗しました。

「残された人のことも考えてあげてください。娘さんがかわいそうでしょ」

娘さんとはなかなか電話がつながらず、数時間たってようやく話すことができました。娘さんも了承し、薬を皮下注射……。

意識がなくなったかと思っていると、突然、

「安心したよ。先生」とウメさんの口が動きました。

「安心して天国にいってください。いってらっしゃい」

ウメさんは僕の手を握り続けていました。しばらくして、また口が動きます。

「先生、また会おうね」

「いつかまた、会いましょう」

「来月ね!」

「来月じゃ困るよ……。30年後にしてね」

「わかった」

これがウメさんとの最後の会話となりました。

ウメさんも見事ですが、ウメさんの意思を最大限尊重した娘さんもまた立派だったと思います。

ウメさんと娘さんとの間にしっかりとした信頼関係があり、「死」についてちゃんと話をしていたからこそ、です。

「一人暮らし=寂しいもの」ではありません。一人暮らしを楽しみ、最後まで自宅で生きたいと思っている高齢者はたくさんいます。施設に入るのを拒み、子どもたちに「一緒に暮らそう」と言われても、好んで一人暮らしをする方も少なくありません。

高齢になってから生活スタイルを変えることは、死ぬよりも怖いことなのです。そして一人で死ぬことは、決して寂しいものではありません。

ウメさんのような方の望みを叶えるためにも、在宅緩和ケアが広がる必要があると思います。

配信元: 幻冬舎plus

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