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1981(昭和56)年5月以前の旧耐震基準で建てられた木造住宅は、大地震が発生した際に倒壊する危険が高いことが、過去の地震被害調査から分かっています。
また、1981年6月以降の新耐震基準で建てられた家であっても、建築年によっては耐震化を検討した方がよい場合があります。
この記事では、地震発生時の安否を分ける建物の旧耐震・新耐震について、わかりやすく解説します。
大地震と耐震基準
日本は地球の表面を覆っているプレート(岩石の層)の境界上に位置しており、地震が発生しやすく、繰り返し大地震に見舞われてきました。
しかし、明治時代に近代建築が導入されてからまもなく、地震の多い日本に適した建築物の構造が研究され始め、大地震のたびに耐震基準の見直しを行い、現在は震度6強~7クラスの地震にも耐えうる建築物が建てられています。
1923年 関東大震災
日本の建築物に耐震規定が設けられたのは、10万を超える家が倒壊した関東大震災の翌1924年、建築基準法の前身となる「市街地建築物法」に盛り込まれたのが最初です。
古い木造住宅や、西洋建築を模したレンガ造りの建物の多くが倒壊する中で、耐震設計を取り入れていた一部の建物では被害が少なかったことが、耐震規定が導入されるきっかけとなりました。
1948年 福井地震
建築基準法が制定されたのは、戦後の1950年です。震度階級に震度7が追加されるきっかけとなった1948年の福井地震の被害調査結果によって耐震基準が設けられ、木造住宅には床面積に応じた壁量などが定められました。
その後、耐震基準は1968年の十勝沖地震など大地震が起こるたびに強化されていきます。
1978年 宮城県沖地震
マグニチュード7.4(震度5)の地震に見舞われた1978年の宮城県沖地震では、現在の仙台市域で全半壊4,385戸、一部倒壊8万6,010戸と住宅に多数の被害が出て、耐震基準の抜本的な見直しが迫られました。
1981年5月には建築基準法の大改正が行われ、いわゆる新耐震基準が導入されます。
1995年 阪神・淡路大震災
1995年の阪神・淡路大震災は、就寝中の人が多い早朝に大都市を襲った直下型地震でした。亡くなった6,434人のほとんどが、倒壊した自宅において命を落としています。
同震災の被害調査結果から、1981年以前に建てられた家に全半壊の被害が多いことがわかり、1981年6月以降に建てられた建築物を「新耐震」、それ以前の建築物を「旧耐震」として、旧耐震に該当する古い建築物の耐震補強がすすめられるようになったのです。
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旧耐震と新耐震の違い
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旧耐震と新耐震では、倒壊しないことを目標とする地震の規模が異なります。
旧耐震(~1981年5月)
旧耐震基準は、建物の耐用年数中に数度は遭遇すると想定される中規模地震(震度5強程度)に見舞われたとしても、建物が倒壊しないことを目標とする基準です。
新耐震(1981年6月~2000年改正まで)
新耐震基準は、中規模地震では柱や梁などの構造にほとんど被害が生じないことを目標とした上で、さらに建物の耐用年数中に一度遭遇するかもしれない大規模地震(震度6強以上)でも倒壊しないことを目標としています。
具体的には、木造住宅における壁量の見直し、基礎となる軸組の種類などが改定されました。
しかし、震度6強~7クラスの地震が起こった場合には、当時の新耐震基準で倒壊を免れたとしても、家が傾くなどして住み続けられなくなる恐れがあります。
そこで2000年に、阪神・淡路大震災の被害調査結果を踏まえ、より耐震性を強化した新たな耐震基準が導入されました。
新・新耐震(2000年基準)
2000年基準で追加されたポイントは、壁配置バランスの四分割法による計算・土台と柱の接合部に、適切な金物を使用するなどの基礎仕様の明確化・地盤調査の義務化などです。
耐震基準とは、大地震が起こったときの無事を保証する基準ではありません。しかし、震度6強~7クラスの地震が発生したときに被害が少ない建築物は、新耐震基準のなかでも2000年以降に建てられていることが、近年の地震被害調査で分かっています。
倒壊のリスクが高い旧耐震の家に限らず、2000年より前に建てられた新耐震の家も、2000年基準に準じた耐震補強を行うことで、大地震発生後も住み続けられる可能性が高まるでしょう。
