「2025T&D保険グループ新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)が12月1日に発表され、高市早苗首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が年間大賞を受賞した。
この言葉は、自民党総裁選で総裁に選ばれた際の挨拶で発せられ、「ワーク・ライフ・バランス(WLB)という言葉を捨てる」という発言とともに、大きな物議を呼んだ。
その後、高市首相自身は「皆様はWLBを大事に」と記者団に語りかけるなど弁明したが、国会では「2時間睡眠」であることを明かすなど、極端な働き方を示す言動が続いている。
国のトップが示す「メッセージ」は、日本社会の「働き方」にどのような影響を及ぼしうるのか。高市早苗首相の「働いてまいります」や一連の姿勢について、日本労働弁護団の常任幹事で労働問題にくわしい笠置裕亮弁護士に聞いた。
●WLB捨てざるをえない官僚たち
総裁選勝利の高揚感の中で、ご自身の決意として出た発言だと思いますが、大きく分けて二つの問題があると考えています。
一つ目は、首相の周囲への悪影響です。実務を担い、首相を支えるのは、官僚たちです。
首相は午前3時に出勤していると報じられていますが、官僚たちに指示を与えるリーダーが、「私自身もWLBという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて、働いてまいります」という姿勢で職務に当たり、実際に午前3時から始業するということであれば、官僚たちもまた、WLBを捨てざるを得ない働き方を強いられることになります。
各官庁の職員の長時間労働の問題はすでに深刻です。過労死や過労自死に追い込まれた職員が出たり、官僚志望者も少なくなっています。政策実務を担う官僚の職場環境に思いを致さない発言は問題だと考えます。
●経営者からは歓迎の声も…WLBを忌避する層の声を代弁するもの
二つ目は、日本社会への悪影響です。この発言については、さっそく男性の経営者たちから歓迎する声が多く上がっていました。
しかし、WLBという概念の起源は、産業革命時代のイギリスで、労働者を長時間労働から守ろうという流れの中でできた「伝統ある考え方」です。軽々しく捨てて良いものではありません。
日本では、長時間労働が過労死を招くということが医学的に解明され、2000年代に入ってようやく注目された概念であるという経緯があるため、特に1980~90年代の働き方を経験した世代にとっては、なじみが薄いのかもしれません。
働き方改革の号令のもと、2010年代から社員の生命や健康を大切に守ることを優先する施策が次々に進められています。これにコストを投じている経営者にとって、WLBとは、内心捨て去りたい考え方なのかもしれません。
今回の首相のご発言は、WLBを苦々しく思っている層の声を代弁するものとして、ある種「美しい根性論」として響いたのでしょう。
しかし、ハンディキャップを負うご家族(高市首相の夫で元衆院議員の山本拓氏は脳梗塞により現在は車いすを利用)を支える新しいリーダー自身がこの発言をしたことで、「組織のために滅私奉公する働き方こそが美徳である」という古い考え方が力を得て、進みつつあった働き方改革に水を差すことになるのは確実です。

