愛がかたちを変える瞬間を、私たちは見ている
『佐藤さんと佐藤さん』という映画は、愛を“きれいごと”としてではなく、“生活の現場”として描く。だからこそ、観る人の胸に現実の温度で触れてくる。観終えたあと、ふと冷蔵庫の明かりの下で立ち尽くしたくなるかもしれない。買い忘れた牛乳や、言いそびれた「ごめんね」を思い出しながら。あるいは、誰かの寝息の音を聞きながら、“この静けさも愛なんだ”と気づくかもしれない。 “夫婦”という形に限らず、誰かと生きることの豊かさと不器用さ――その両方を、そっと抱きしめたくなる。
日々の生活のなかに、まだ見ぬ優しさを見つけにいく。この映画は、そういう“余白”を信じている。激しさではなく、時間の流れそのものが、愛のかたちを変えていく。観客はその変化の中に、自分の過去や未来の影を見つけるだろう。その瞬間、世界は昨日よりも少しやさしい場所に見えるはずだ。
佐藤サチ(岸井ゆきのさん)のまなざしは、「誰かを理解したい」という願いのように透明で、佐藤タモツ(宮沢氷魚さん)の声は、「まだ終わっていない時間」を優しく包みこむ。
――この映画を観るということは、もう一度、自分の生活を抱きしめ直すことに似ている。
ふたりで歩くと、景色は少しだけ広くなる。
宮沢さんは最後にこう語ってくれた。
「15年のふたりの物語を2時間の映画にしているから、“こういうときの、この言い方はダメだな”ってすごく分かりやすいんです。でも、実際の生活の中ではそういう瞬間なんてなかなか見つけづらい。振り返っても“何がしこりだったんだろう”ってはっきりしないことも多いですよね。だけど確実に、誰にでもそういうものはある。この映画を通して、今まで“まあ大丈夫だろう”と流してきたことを、ちょっと立ち止まって“本当にこれでいいのかな”って考え直すきっかけが、観ていただいた人には生まれるかもしれません」
人生には、ゆっくりと温度が変わる朝がある。コーヒーが冷める手前のぬるさみたいな、名前のつけにくい時間。ふたりで暮らすというのは、たぶんそういう時間をいくつも通り抜けることだ。すれ違いは静かで、愛は頑固で、この映画にはどちらも大切に描かれている。
【映画情報】
監督:天野千尋(「ミセス・ノイズィ」ほか) 脚本:熊谷まどか、天野千尋
出演:岸井ゆきの 宮沢氷魚 ほか
製作幹事 : メ~テレ/murmur/ポニーキャニオン 制作プロダクション:ダブ
配給:ポニーキャニオン
©2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
photograph:SHUYA NAKANO

