本当に苦しまずに逝ける最期の迎え方─緩和ケア医が語る“自然な看取り”のすすめ|萬田緑平

本当に苦しまずに逝ける最期の迎え方─緩和ケア医が語る“自然な看取り”のすすめ|萬田緑平

高齢者の入院によるせん妄は認知症への道

「せん妄」について、もう少し説明しましょう。

明らかにみんながわかる認知症という状態がありますが、そうなるまで何十年もかけて徐々に進行していきます。

高齢になると、脳が老化していくのですが、短期記憶から弱っていくパターンが多い。もちろん他の場合もあり、まれに、手を動かす脳の部分が一番先に老化したら手が動かなくなったり、理性を保つ働きの部分が一番に老化して暴れだしたり……。

まあだいたいの方は、短期記憶から衰えます。

よくお年寄りが「昔のことは思い出せるのに、最近のことが覚えられない」「今朝、何を食べたか思い出せない」というのは、短期記憶が弱ったからなのです。

たとえば、高齢の母親が「家に帰る」と言い出します。子どもが「ここがお母さんの家だよ」と答える。「ちがう、ちがう、家に帰る」と言ってききません。こんな話もよく聞きます。この母親は、自分が育った昔の家を覚えているわけで、今の家は覚えていないのです。

そのうち着替え方も、トイレの仕方もわからなくなっていって、誰が見てもわかる認知症になっていきます。

まだこうした認知症ではないけれど、短期記憶が衰え始めた高齢者が病院に入院すると、「ここはどこ?」となるわけです。新しいことを覚えられないわけだから、病院にいるのだと理解ができない。どこか知らない場所に連れてこられた、何をされるかわからない、白衣を着た知らない人間たちが、ひっきりなしにやって来て自分の身体に何かしている……。

それは恐ろしいことでしょう。そしてパニックになる。僕たちだって、いきなりどこかジャングルの奥地に連れていかれて、言葉もわからない、衣服もなんだか違うし、見たこともない食べ物が出され……という状況になったら、パニックになると思います。とにかくジャングルを逃げ出したいはずです。

パニック状態こそ「せん妄」なのです。おとなしい人は、不安や恐怖をおぼえながらも眠っていますが、活発な人は逃げようとしたり、点滴を引きちぎったりと暴れて、拘束される。暴れる患者は、ほんとうなら早めに家に戻せばもとに戻るのです。ところが、医師というのは「病気の治療」が仕事だから、個々の患者の状態を診ようとしない、診ても理解しようとしません。

むしろ「こんな状態で家には帰せません」となってしまう。そのまま「せん妄」状態のまま入院させ続け、病気は治っても、認知症が完成する。そして病院から家に帰るのではなく、施設へというコースになる。一丁上がりです。

「それまでしっかりしていたのに、骨折して入院したのをきっかけに認知症になった」という高齢者の話を聞いたことはないでしょうか。実はこうした「せん妄」が元になっている事例は多いのです。

すべてではありませんが、認知症の数十%はこうして病院が「完成」させてしまっていると考えています。

高齢者を入院させるということは、「せん妄→認知症完成」コースをたどる可能性があるいうことです。

せん妄によって興奮している患者を、眠らせる場合もあります。興奮がひどいと大量の薬を打たなければならず、眠った頃には呼吸も止まっていた……という実例も見ました。当然、裁判になった悲惨なケースです。

配信元: 幻冬舎plus

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