ジョン・コリア《ゴダイヴァ夫人》1898年、ハーバート美術館, Lady Godiva by John Collier.jpg, Public domain, via Wikimedia Commons.
イギリスの画家ジョン・コリアが1897年ごろに描いた《ゴダイヴァ夫人(Lady Godiva)》。
前ラファエル派の流れをくむ端正なスタイルで描かれたこの大作は、“ただ美しい裸婦の絵”というより、“ひとりの女性の決断の瞬間”を描いた作品として語られてきました。
11世紀コヴェントリー──重税に泣く街
物語の舞台は、11世紀のイングランド、中部の街コヴェントリー。この土地を治めていた領主レオフリックは、重い税を課し、人々を苦しめていたと伝えられています。
その妻が、ゴダイヴァ(Godiva)。名前は古英語の「Godgifu(Godgyfu)=神からの贈り物」に由来すると言われ、伝承のなかでも、慈悲深く、民の苦しみに心を痛める女性として描かれます。
ある日、彼女は夫に訴えます。
「どうか、税を軽くしてください。人々は、もう限界です」
しかし、権力に酔った領主は取り合おうとしません。やがて、嘲りとも冗談ともつかない一言を口にします。
「お前が裸で街を馬で一周できたら、考えてやろう」
誰が聞いても実現しない条件。貴婦人が人前で裸になるなど、ありえない。夫はそれを見越して笑い飛ばしたのでしょう。
「裸で街を行く」──屈辱か、それとも賭けか
伝説によれば、その夜、ゴダイヴァは一人、自室で祈り、迷ったと言われています。
自分の誇りと、民の暮らし。どちらを守るのか。
やがて彼女は決断します。自分の身体を差し出すことで、人々を救う道を選ぶのです。
翌朝、コヴェントリーの街に不思議な噂が広がります。
「今日、ゴダイヴァ様が街を馬で通る。そのときは、窓を閉ざし、決して外を見てはならない」
人々はその意味を悟りました。彼女が自分のためではなく、“自分たちのために”、恥を引き受けようとしているのだ、と。そして、街じゅうの扉と窓は、固く閉ざされます。
