
登山客以外にも多くの目的を秘める者たちが集まる黒部峡谷。今回私は、薬師沢小屋スタッフとして黒部源流部の「釣査」を決行。縦横無尽に飛び回る潜水艦たちに驚きながらも、他に類を見ない雄大さに浸かることになる。
小屋明け前の黒部源流部
黒部源流部には幾多の山小屋があるが、今回私が山小屋暮らしをすることになったのは薬師沢小屋である。峡谷に魅了された山釣り師たちを始め、沢登り趣向者がこぞって集まる特殊な空間なのが事実。
太郎平小屋に配属されていた時期、大東新道方面へ小屋明け整備に向かい見た渓相は、眠りから覚める前の大渓谷である印象が強い。水量も多く渡渉にも一苦労、河川以外の領域では足先を雪面に向かって蹴りだしながらの進行を余儀なくされる。
7月に入ると薬師沢小屋の門が開かれ、シーズン中多くの老若男女が出入りするが、その直前で小屋番から「釣査」指令が下る。日々の喧騒から逃れるように、黒部峡谷に癒しを求めてくる山釣り師たちが求めるのは黒部イワナの活性具合という生きた情報だ。
小屋スタッフとして釣り竿と弁当を持ち、黒部源流部に繰り出すほど誇らしい仕事があるだろうか。
静寂に包まれた大渓谷の姿
同小屋スタッフの若者と共に、黒部峡谷の散策へ。
小屋前の吊り橋上からでも、イワナのライズが確認できるほど圧倒的な豊かさを見せつけてくる渓。そんな中、テンカラ釣りに射止められてしまったのが同行者だ。初年度の小屋勤務の際は、毎日暇を見出しては渓に繰り出していたらしい。
雪渓と水量の程度をリスクマネジメントし、危険個所もないか確認する。若者はテンカラで先行し、私はルアーフィッシングで後続といったお互いに重箱の隅をつつく作戦で臨む。
小屋運営が開始となれば、イワナたちは隅に隠れ簡単には姿を見せてくれなくなる時期もある。多くの山釣り趣向者とイワナたちはお互いに共存できないという事実は実に皮肉であるが、静寂に包まれた黒部峡谷にどっぷり浸かることができる立場になれたことは筆舌に尽くしがたい。

