義兄との秘密
光一は、私の初恋の人でした。出会ったのは中学生の頃、菊乃の婚約者として紹介されました。私は中学校からずっと女子校で、男子との接点はありませんでした。
男子に興味のある子は男子校の学園祭に参加したり、積極的に出会いの場を作っていましたが、私はそこまで興味はありませんでした。姉妹3人が女子校という無菌状態で育ったからなのか、初めて近くで接した大人の男性に恋心を抱いてしまったのです。
東大卒の光一は、東大出の父に少し似ているかもしれません。父の家系もお金はありませんがエリートの家系なので、父が光一を気に入るのも理解できます。
「光一さんかっこいいね。私も大人になったら光一さんみたいな人と結婚する」
私は光一への憧れを隠しませんでした。
私と長女の菊乃は、年が離れているだけでとてもよく似ています。次女の百合だけは顔も性格も食べ物の好みも違うのですが、菊乃と私は昔から、まるで双子のようだと言われていました。菊乃が好きなものは、私もいつも好きになっていました。
食べ物でも、玩具でも、私はいつも菊乃の物を欲しがっていたのです。
「葵ちゃんにあげるよ」
最後に残ったお菓子も、大切にしていた人形も、いつも菊乃は笑顔で私に譲ってくれる優しい姉でした。それでも、光一という存在だけは譲れないでしょう。今の菊乃は、姉妹の中では見せることのなかった妻の顔になっていました。家族を持つということは、こういうことなのでしょうか。もはや彼女は姉ではなくなっていたのです。
大人になるにつれて、光一への想いは募るばかりでした。私は大学院受験を言い訳に光一に家庭教師を頼んでいました。姉も理解し、光一も快く引き受けてくれました。
大学は内部受験なので、わざわざ家庭教師を頼むまでもなく簡単に合格できました。私は光一と会うために大学院の受験を決意し、志望校の選択から受験勉強まですべて光一に面倒を見てもらいました。
その甲斐あって、私は難関と言われる国立大学の大学院に合格することができました。私は光一に大学卒業と大学院合格のお祝いをして欲しいとせがみました。
せっかくだから家族で、という光一に、私はたまにはふたりがいいと、自分たちだけで食事をする約束を取り付けました。
私はこの日、光一に想いを告げる覚悟を決めました。姉から夫を取り上げるつもりはありません。特別な関係を結ぶことができれば、それでいいと思いました。私にとって初めての男性は、光一でなければ嫌だったのです。
光一は拒まないだろうと考えていました。光一なら秘密を守ると。その自信がどこから湧いたのか今ではよくわからないのですが、案の定、光一は私を抱きました。戸惑っていましたが、ふたりの間に流れる空気に抗えなかったのです。
姉と同い年の光一には知識ではとても敵いませんが、人生経験は私とそれほど変わらない。光一にとって姉は初めての女性で、おそらく私が最後の女性になるのでしょう。
私たちのような狭い世間で生きる人間にとって、わかり合えるのは身内しかいないのです。当時、光一はなかなか妊娠できずに焦っている姉に悩まされていました。
「正直、菊乃との関係に疲れてる……。とにかく、妊娠しなければと必死なんだ。なんだか自分が子を産むための機械として扱われている気がして……」
姉が求めていたのは家族、私が求めていたのは光一。そして私は、光一の子どもを妊娠したのです。

「もうどうなったとしても、全部正直に家族に話すよ。すべて僕の責任だから」
妊娠を伝えた時の光一の表情は今でも忘れることができません。私はこの瞬間を本当に幸せだと感じました。同時に、この幸せは長くは続かないこともわかっていたのです。
「子どもに罪はない。3人で暮らそう。菊乃には申し訳ないけれど、すべて僕が責任を取る……」
私は、父親になるという光一の言葉を聞くことができただけで十分満足でした。そして光一の反対を押し切って、子どもを堕ろしました。私は子どもが欲しかったわけではなく、光一の心が欲しかったのです。
私が真っ直ぐに光一を愛することができたのは、この家での安定した暮らしがあったからです。当時の姉にはそれがなかった。だから光一はあの時、私を選んだのでしょう。
子どもと3人の貧しい暮らしなど、私に耐えられるはずがありません。のちに姉が実家に戻ってきたことによって、私の選択が正しかったことが証明されました。
私と光一は、水子の供養を最後に、ふたりきりで会うことはなくなりました。それから間もなく姉は妊娠し、龍が生まれたのです。

