「私はまだ恵まれているほうです。でも、クルドコミュニティへの風当たりは本当に強いんです」
そう語る女性(24歳)は日本生まれで、クルド人の父とフィリピン人の母を持つ。大学院で人類学を学びながら、父が営む解体業の手伝いもしている。
SNSなどで"クルド人バッシング"を見聞きするたびに胸が痛むという。
「同胞のために、何か自分にもできないだろうか」。そんな思いを胸にAさんは動き始めている。(ライター・織田朝日)
●幼少期は「仮放免家族」だった
女性は現在、3年の在留資格を持っている。
しかし本人も2歳年上の姉も、日本生まれでありながら幼い頃はずっと"仮放免"だった。両親がビザのない状態だったためだ。
父は難民申請者だが、16年間も正規滞在を認められず、かつての十条入管で過酷な収容を経験した。母も重い病気を抱えながら仮放免で生活し、家庭は不安が絶えなかった。
「両親がそれぞれの国へ強制送還されれば、家族はバラバラになる」
その恐怖の中で、母は家族を守るために動いた。
●5歳で"署名集め"に駆り出された
母はまず、日本人の知人に署名用紙を作ってもらい、家族で署名を集め始めた。
タウンページで病院や消防署など公共施設の番号を調べ、1件ずつファックスで依頼した。土日には反戦集会や貧困問題の集会に家族総出で出向き、来場者に署名を求める。
当時5歳の女性は「知らない人に署名をお願いするのが恥ずかしくて仕方なかった」と振り返る。小2の姉に手を引かれながら、恥ずかしさをこらえて署名を集めた。
気づけば、集まった署名は2万筆となっていた。
平日の夜も、イベントがあれば足を運んだ。主催者がマイクを渡してくれれば、父が参加者の前で訴え、署名を呼びかける。最初は震えていた父の声も、いつしか堂々と響くようになった。
東京の議員会館にも月1回のペースで通い、入管から一時旅行許可を取ってロビイングを続けた。
「2008年にビザが出たことは覚えています」
遊ぶ間もなく全力を出し尽くした家族に、ようやく届いた"正規の在留資格"。その瞬間、大きな喜びにあふれたという。

