逮捕翌日、佳奈さんは夫の会社や警察へ連絡し、押し寄せる現実に翻弄されます。今後への不安を抱えながらも、母として妻として立ち向かおうとするのですが…。
逮捕翌日、会社への連絡で現実が動き出す
一睡もできないまま、朝になり、現実が押し寄せました。会社にはどう連絡すればいいのか。私は頭の中で何度もシミュレーションし、私は受話器を握りしめ、震える声で伝えました。
「主人ですが、実は、痴漢の容疑をかけられてしまい警察にいる状態でして…」
その瞬間、受話器の向こうがしんと静まり返りました。担当者が言葉を探しているのが分かりました。
「――そうでしたか。状況が落ち着きましたら、またご連絡ください」
私は何度も頭を下げ、電話を切りました。体の力が抜け、その場にへたり込みました。その後、警察署に行かねばなりません。佳文を抱っこひもで胸に固定し、生きた心地もしないまま、警察の無機質な廊下を歩き、小さな相談室に案内されました。
胸がつかえるように苦しく、足は震えていました。四角い机とパイプイスだけの、冷たい部屋です。年配の男性警察官が座り、私は無意識に背筋を伸ばしました。
警察官は無表情のまま淡々と書類をめくり、なんとも信じがたいことを言いました。
「ご主人、やはり何件か余罪がありましてね」
その一言に、私の呼吸も時間も止まりました。
「複数の被害女性の証言が一致していますし、駅のカメラでも、ご主人と見られる人物が女性に接近する場面が複数確認されています。
私は一瞬、意味を理解できませんが、警察官は、眉を寄せながら説明を続けました。
「ご主人はね、すでにすべての容疑を認めています」
息が止まったように感じました。あの日の文也の「ごめん」は、この事実に対する謝罪だったとやっと理解しました。何か言わなければいけないのに、口の中が乾いて声が出ません。佳文がうとうとと胸の中で動き、その小さな体温だけが、私をかろうじて冷静でいさせてくれていました。
警察署で突きつけられる余罪と屈辱
「奥さんね?」
その雑な呼びかけだけで、胸がざらつくようでした。
「…はい」
男性警察官は、さらに続けました。
「ご主人は常習犯だったと思いますよ。小さなお子さんもいるようですし、欲求が溜まってたんですかねえ」
本当に、さらっと言ったのです。探るでもなく、遠回しでもなく、当然のことのように。理解した瞬間、背中が氷のように冷たくなりました。
「そ、そんなことは…」
声は震えていました。悔しさでも、怒りでもなく…屈辱でした。男性警察官は、私の動揺に気づいていても眉ひとつ動かしません。
「まあ、奥さんも大変ですよね。ああいうことする輩は、どこにでもいますからね」
どうしてこんな思いをしなければいけないんだろう。理不尽さが、胸の奥でじりじりと広がっていきました。そもそも、文也の行為で傷つけられた女性たちの気持ちを思うと、私の胸はつぶれそうです。すべての方に謝りたい気持ちでいっぱいでした。
気づけば、涙が頬を伝っていました。男性警察官はそれを見ても何も言わず、ただ書類を整えるだけ。ただただ、冷たい時間が流れました。

