40歳、独身、女3人、おいしい同居はじめました。同居ルールは朝ごはんを一緒に食べること!?/私たちの人生レシピ(1)

40歳、独身、女3人、おいしい同居はじめました。同居ルールは朝ごはんを一緒に食べること!?/私たちの人生レシピ(1)

【第1話】始まりにケーキを添えて 水瀬瑠璃





(C)サトウユカ/スターツ出版 無断転載禁止

人生の折り返しを迎えた、
四十歳、独身、女友達三人暮らし

ルームシェアのルールは、
「朝ごはんを一緒に食べること」

朝ごはんからはじまる、女三人の気ままな
おいしいルームシェア生活



都心から少し離れた静かな町で、私は人生最大の買い物をした。
 日当たりのいいリビングと、小さな個室が三つ。
 決して広い家ではないけれど、一生の財産にしようと買ったのが、この平屋の一軒家だった。
 私が勤めている会社は、名前を聞けばきっと誰もが知っている飲料メーカーだ。所属している企画部はいつも慌ただしくて、新規案件があれば残業は当たり前。そんな環境で働いて疲れても、この家に帰ってくると穏やかな気持ちになる。
疲労がたまった体をソファに沈めて、ふと家の中を見渡した。
一軒家を買うなんて、我ながら大胆なことをしたなと感慨に浸っていた時だ。
「ただいま~」
 玄関のドアが開く音と共に、やわらかな声が家の中に流れてきた。
 声の主は文月翠(ふづきみどり)。高校時代からの友人で付き合いも長い。
 一軒家を購入したものの、一人で住むにはあまりに広すぎた。
 部屋を持て余した私は、社会人になってからも定期的に会っていた翠に「一緒に住まない?」と話をもちかけたのだ。
 正直、軽い冗談で言ったつもりだった。けれど、私の予想に反して、翠が目を輝かせて食いついてきたのをよく覚えている。
 そのまま話はとんとん拍子で進み、本当にルームシェアをすることになったのだ。



「翠、今日は休みだったの?」
 リビングに顔を出した翠に尋ねた。彼女は小説家で普段は家で作業をしている。それに外出するとしても、私より帰りが遅いのは珍しい。
「ふふっ」
 私の質問に翠は意味深に笑った。よく見ると大事そうに両手で白い箱を抱えている。
「あれ、なにか買ってきたの?」
「瑠璃(るり)、夜ごはんはいらないって言ってたけど、これだけでも一緒に食べたいなって」
 ニコッと笑みを浮かべて、翠は白い箱を開けてみせる。
 中には大きな苺が乗ったショートケーキが二つ並んでいた。
「ケーキ?」
「瑠璃の誕生日、お祝いしないと」
 その言葉にハッとする。そうだ、今日は私の誕生日だった。
 この歳になると、若い頃と比べて誕生日というものを意識しなくなる。
「自分の誕生日なのに、すっかり忘れてた」
 これも歳のせいかな? なんて自分に呆れつつ、翠がこうしてケーキを買ってきてくれたことに、胸の奥があたたかくなった。
 翠は昔から気遣いができる人だった。私が自分の誕生日を忘れることも、お見通しだったのかもしれない。
「さっそく食べよう。わたし手を洗ってくるね」
 そう言って、翠はケーキの箱をリビングのテーブルに置いた。翠が洗面所へ向かう間に、私はキッチンの食器棚を開ける。
「どのお皿にしようかな。せっかくなら……」
 綺麗なショートケーキが見劣りしないように、棚の奥に眠っていた花柄をモチーフにしたお洒落なお皿を取り出した。



「瑠璃、四十歳の誕生日おめでとう~」
「覚えててくれてありがとう! ケーキもありがとね。おいしそう……」
 お皿に移したショートケーキを見ると、自然と胸が弾んだ。真っ白な生クリームで覆われたケーキの上に、つやつやとした苺が乗っている。
 正直この歳になると、誕生日なんて来ないでほしいって思うけど。こうして友達がお祝いしてくれるなら、悪くないなって思った。
「食べようか。いただきます」
「いただきます」
翠の優しい声を合図に、さっそくケーキにフォークを落とした。
 感触から伝わるのは、スポンジのやわらかさ。小さくすくって口に運ぶ。
「ん??おいしっ」
 甘すぎない生クリームが絶品で、飽きずに最後まで堪能できそうだ。
「夜にケーキって、背徳感があっていいよねぇ」
 翠はケーキを味わいながら言う。たしかに夜にケーキを食べるのは、罪悪感がある。だけど今日は誕生日。年に一度くらい思う存分食べてもいい日にしよう。
「久しぶりに食べると、この甘さがしみるわ」
ケーキに舌鼓を打っていると、翠は口に運ぶ手を止めた。
「……ケーキか。朱音(あかね)も好きだったよね。元気にしてるかな?」
翠は思い出したようにぽつりと零す。
久しぶりに聞いた名前に、ぴたりと手が止まった。
 朱音とは、高校時代に仲が良かったもう一人の友人。
 甘いものが好きでケーキに目がない子だった。目の前のケーキが引き金になって、翠は思い出したんだと思う。
「ね……いろいろと、破天荒だったよね」
 朱音は、風が吹き荒れるように慌ただしい子だった。
 先生には平気で歯向かうし、だけど、友達にはとびきり優しくて。朱音の明るい声はみんなを元気にさせた。
 どちらかというと、大人しく過ごしていた私と翠のもとに、厄介事を持ち込んでくるのはいつも朱音だったっけ。
性格や考え方も違うタイプだったけど、不思議と居心地が良くて、三人でいつも一緒に過ごしていた。
 破天荒すぎて、朱音の行動に呆れてしまうこともあった。だけど、まっすぐに生きる彼女が羨ましいと思っていたんだ。
「二十歳で結婚。二十二歳で出産。私たちとは、ライフステージが変わっちゃったのよね」



 私と翠は結婚歴なし。子供もいない。
 それに対して、朱音は早めの結婚。子供も授かった。生活スタイルが異なる私たちは、自然と会う機会も減ってしまった。特にここ数年は会っていない。
「朱音ってさ、自由人だったけど……友達のためなら、自分を後回しにしちゃうタイプだったよね」
 思い出しながら言うと、翠は頷きながら答える。
「うん。雅樹(まさき)くんが生まれてからは、まだ若いのにしっかりママをやってたね。弱音とか聞いたことなかったな」
 それぞれ思い出を辿って、数秒の沈黙が流れた。
 朱音は元気にしているだろうか。
 彼女の弾けた笑顔を思い出して、懐かしい気持ちになる。雅樹くんも大きくなって、きっと楽しく暮らしているんだろうな。
 そんな風に、懐かしさに耽っていた時だった。
――ピンポーン。
 インターホンから甲高い呼び出し音が響き渡る。
 こんな夜に来客なんて珍しい。思わず翠と顔を見合わせた。
「……こんな時間に誰だろう?」
「宅配とか? 翠、なにか頼んだんじゃない?」
「わたしは頼んでないけど……あ、もしかして瑠璃への誕生日プレゼントとか? きっとそうよ」
 そう言うと、翠はやけにキラキラした瞳を向けてくる。
 残念ながら、彼女の期待に応えられそうにない。だって、私の誕生日に贈り物をしそうな人物なんて、誰一人思い浮かばない。
「それはないよ。私の誕生日を覚えている人なんて、翠以外いないから……」
 ぼそりと言い捨てて、すぐさま立ちあがった。リビングドア近くの壁に取りつけられた玄関モニターを確認してみる。
「……え?」
 思わず小さく声をあげてしまう。
 ゆっくり瞬きをして、改めてそこに映っている人物を見た。
「あ、朱音!?」
 画面に映っていたのは、ちょうど話題に上がっていた人物。朱音の姿だった。



驚きながらも翠と一緒に玄関に向かう。ドアを開けると、彼女は大きなキャリーケースを足元に立て、手には小さなビニール袋を持っていた。
「久しぶり!」
「本当に朱音だ……。変わらないね」
 翠が愕然とした面持ちで言うと、朱音はニコッと笑う。
「翠も瑠璃も変わらないじゃん~」
「急に来るからびっくりしたよー。来るなら言ってよ」
 私は驚きつつも、朱音を招き入れた。朱音は昔と変わらない屈託のない笑顔を浮かべている。
「へへっ。びっくりした?」
 今の時刻は二十時十五分。都心から少し離れた場所にあるこの家は、朱音の住んでいるところからも離れている。つまり散歩で来られる距離ではないということ。
「時間も夜だしさ……家を空けて大丈夫なの?」
「……別に? 大丈夫だよー」
 拍子抜けするほど明るい声に、私と翠は顔を見合わせた。朱音はそんな私たちの表情に気づく様子もなく、へらりと笑っている。



 リビングに案内すると、朱音はキャリーケースを部屋の隅に置いた。それから持っていた袋から白い箱を取り出す。
「じゃじゃーん! 今日は瑠璃の誕生日だよね?」
 私たちの心配をよそに、朱音は底抜けに明るい声をあげた。そして、掲げて見せたのはどこかで見覚えのある白い箱。
「……あれ?」
「……え?」
 反応が悪いのを察したのか、ワンテンポ遅れて、朱音もテーブルの上に視線を向ける。
 その先には食べかけのショートケーキが乗ったお皿が二つ。各々に状況を把握した私たちは、ゆっくりと視線を合わせた。
「……被った」
「まあ、誕生日といえば、これだよね」
 朱音は少しだけ肩を落とした。翠は気まずいのか視線を戸惑わせている。そんな二人を見て、私は慌てて返事をした。
「あ、えっと、嬉しいよ? ありがとう」
「あたしも馬鹿だなあ。誕生日にケーキ買ってきたら被るじゃんね。他のにすれば良かった。こんなに食べれないよね」
わかりやすく視線を落とす朱音を見て、これ以上気まずい雰囲気にならないように、気の利いた言葉を探した。
「た、誕生日くらい……胃だって、羽目を外したいと思ってるよ!」
 慌てたあまり、よくわからないことを言ってしまう。
「ふふっ。羽目を外すのはいいけど、明日、胃が痛くなったら泣いちゃうかも」
 茶化すような翠の言葉に、空気が自然とやわらかくなる。
 同調するように、朱音が大きく頷く。
「無理はしないで、余った分は明日とかに食べて?」
「……そうね。いけるかな? と思って、食べすぎると胃がもたれるから」
わざと深刻な表情で言うと、二人とも経験があるようで、こくこくと何度も頷いた。
「わかるわかるー」
 突然の朱音の訪問に驚いたけど、このテンポのいいやり取りが懐かしい。
「せっかくだから、朱音の買ってきてくれたケーキも味見していい?」
「もちろん!」



 朱音の買ってきてくれた白い箱を開けると、ふわりと甘い匂いが広がった。
中には長方形のショートケーキが三つ。崩れないようにそっと取り出すと、断面に苺と生クリームの綺麗な層が見える。
「朱音のお皿とフォーク持ってきたよ」
 翠は食器棚から持ってきたお皿をテーブルの上に置いた。
「ありがとう」
 私はお礼を言いながら、ケーキをお皿に移していく。
「朱音も一緒に食べようよ」
 翠はそう言いながらフォークを朱音に渡した。
「ケーキの甘い匂いを嗅いだから、もう待ちきれないところだったよ」
 朱音の言っていることに深く同意したい。
 つい数分前にもケーキを食べていたのに、それでも食べたい欲が上昇している。
「朱音、買ってきてくれてありがとう。いただきます!」
 長方形のケーキを目の前に持ってくると、どこから食べようか迷う。今度は苺から口に運んだ。口いっぱいに広がった幸福。「おいしい」の言葉を忘れ、苺の甘酸っぱさに浸る。



「……実はさっき、朱音の話しててさ」
 ケーキを食べながら話を切り出した翠の声に、やっと意識が戻ってくる。
「そ、そうなんだよ。だから、余計にびっくりした」
 おいしさに浸っていたことがバレないように、しれっと会話に参加した。
「そうなの? 悪口じゃないよね?」
「……」
「……」
 わざとらしく黙り込むと、すぐに大きな笑い声が飛び交う。
「ちょっと~そこはすぐに否定してよ」
 久しぶりに会ったはずなのに、昨日も会っていたような空気感。まるで、学生時代にタイムスリップしたみたいだった。
「ここの住所よくわかったね。朱音は知ってたの?」
 ケーキを口に運びながら、翠が尋ねた。
「住所は……瑠璃が教えてくれてたんだよ」
 そう言われて、ぼんやりと思い出した。たしかに引っ越しのお知らせとして、旧友にはハガキを送っていた。
「そっか。引っ越しの時に、ハガキ出したんだっけ」
 だけどまさかハガキを頼りに、いきなりやってくるなんて思っていなかったけど。
「来るのはいいけど連絡してよね? しばらくこっちで遊ぶつもり?」
 破天荒な朱音のことだから、お出かけついでに立ち寄ったのかな。
 そう思ったけど、朱音から返答は返ってこない。朱音は聞こえていないようなふりをして、ケーキを頬張りながら家の中を見回していた。
「朱音が来た時から思ってたんだけど、あの荷物多くない?」
 右手にフォークを持ったままの翠は、部屋の端に置かれたキャリーケースを指さした。
 さっきは朱音の登場に驚いて、それどころじゃなかったけど。たしかに数泊のお出かけにしては大きすぎる。
「あ! もしかして旅行できたの? 何泊かするつもりだった?」
 尋ねると、朱音は首を左右に振る。
「ううん。旅行じゃないよ。ここに住もうと思って」
 まるで日常会話のように、朱音はさらりと言った。
「そっか……」
「うん?」
 今、一緒に住むって言った?
 あまりに自然に言うので、思わず聞き逃してしまいそうになった。
「今、なんて?」
「あたしも一緒に住みたい!」



 朱音は弾んだ声で言うと、きゅっと口角をあげる。
「一緒に住むって……ご主人と息子くんは? びっくりするでしょ」
 思いがけない申し出に語気が強くなる。隣に座る翠は、眉を下げて口を開いた。
「瑠璃の言う通り。家族が心配するよ?」
 心配の眼差しを送るけれど、朱音の表情は対照的だった。顔を曇らせることもなく、ゆっくり口を開く。
「大丈夫。離婚してきた」
 真顔のまま淡々とした口調で言いのけたのだ。
「り、離婚!?」
「それは、全然大丈夫じゃないでしょ!?」
 離婚は簡単に決断できることじゃないし、すごく重大なこと。
 またさらりと言うので、こっちが慌ててしまう。
「今まで幸せそうだったじゃん……」
 ここまで驚くには理由があった。
 直接朱音から話を聞いたのは数年前の話だけど。その時は、朱音からご主人の愚痴や結婚生活の不満は聞いたことがなかった。耳が痛くなるほどよく聞いていたのは、幸せに満ちた話。
 ここ数年で、なにかあったのだろうか。だけど朱音のSNSでは、最近も幸せが伝わってくるような投稿だったはず。離婚なんて無縁だと思っていた。
「あー、あれね……幸せを盛ってたの!」
 朱音は表情を少し曇らせて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「もちろん、幸せだったのも嘘じゃない。ただ……たまに虚無感に襲われてたりもしたよ。独身で華やかに暮らす翠と瑠璃への嫉妬とかは隠してた」
 朱音のXに更新されていたのは、幸せそうな家族旅行の様子や、写真映えする料理の数々。
 それは誰が見ても充実している生活の表れだった。
「……知らなかったよ」
「それはそうだよ。言わなかったんだもん」
「どうして……」
「あたしってプライドが高いのかもしれない。優しい夫。かわい息子。幸せな結婚生活を送ってるって思われたかった」
 翠は真剣な面持ちで、じっと朱音の話に耳を傾けている。
 もちろん、私もだ。



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