
「時間」をテーマに、日本と世界を行き来しながら活動する全21組のアーティストが集結。いま最も見ておきたい現代アートの展覧会として、その見どころをご紹介します。
「六本木クロッシング」とは?日本のアートを多角的に見つめ直す
桑田卓郎《無題》 2016年
「六本木クロッシング」は、森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧する展覧会として、2004年以来、共同キュレーション形式で開催してきたシリーズです。第8回目となる今回は、森美術館のキュレーターに加え、国際的に活動するアジアのゲストキュレーター2名を迎えます。
【キュレーター】
レオナルド・バルトロメウス(山口情報芸術センター[YCAM]キュレーター)
キム・へジュ(シンガポール美術館シニア・キュレーター)
德山拓一(森美術館キュレーター)
矢作 学(森美術館アソシエイト・キュレーター)
出展作品には、絵画、彫刻、映像をはじめ、工芸、手芸、ZINE(ジン)、さらにコミュニティプロジェクトまでと多岐にわたります。建築、デザインの領域を越え、世界的に注目を集めるA.A.Murakami の没入型インスタレーションや、海外のメゾンとのコラボレーションでも話題の桑田卓郎の大型の陶芸作品も見どころです。
沖 潤子《甘い生活》 2022年 Courtesy: KOSAKU KANECHIKA, Tokyo 撮影:木奥惠三
また自身の声や環境音を用いて作品を制作し、舞台作品も手掛ける細井美裕の新作サウンド・ピースから、沖潤子の繊細な手仕事から生み出される抽象画のような刺繍作品など、多彩な表現が一堂に会します。
本展の副題「時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」が示すのは時間の貴さと儚さです。各作品に現れるさまざまな時間の交差をとおして、日本のアートを多角的に見つめ直します。
『六本木クロッシング2025展』の主な3つの見どころ
1.「時間」をテーマにした多層的な表現
和田礼治郎《スカーレット・ポータル》 2020年 展示風景:「Embraced Void」ダニエル・マルツォーナ(ベルリン)、2020年 撮影:Nick Ash
効率や即効性が求められる現代社会では、時間はしばしば「消費されるもの」として扱われがちです。そうした中で、その価値やあり方を改めて問い直すのがアートです。
A.A.Murakamiによる大型インスタレーションは、霧や光といった移ろう要素を用い、観る者を物理的にも心理的にも包み込みます。その空間に身を置くと、時間がゆるやかに拡張し、「今ここ」に深く沈み込むような感覚を体験できます。
和田礼治郎の作品では、果実の発酵や蒸留を経て生まれるブランデーを複層ガラスの中に封じ込めることで、「生と死」や「時間」といった根源的なテーマに向き合います。
ペルー出身でアムステルダムを拠点に活動するマヤ・ワタナベは、考古学的な視点から人類の歴史を超えた時間の概念を示唆する映像インスタレーションを生み出します。また、特定の場所に集う人々の声や環境音を素材にした細井美裕のサウンド・ピースでは、個人の記憶から社会、自然へと広がる、多層的な時間の流れが交差します。
2. 「記憶」の集積、「技術」の再定義
北澤 潤《フラジャイル・ギフト:隼の凧》 2024年 展示風景: ARTJOG 2024、ジョグジャ国立美術館(インドネシア、ジョグジャカルタ) 撮影:Aditya Putra Nurfaizi
沖潤子の繊細な刺繍作品は、布や手仕事に宿る家族の記憶をたどりながら、個人と社会、過去と現在を静かに結び直します。その細やかな針の運びの中に、時間の積層と生の痕跡が浮かび上がります。
また桑田卓郎は日本の陶芸がもつ伝統的な技術と歴史を踏まえながら、鮮烈な色彩と大胆なフォルムで時代を超える造形美を生み出します。工芸と現代美術のあいだ往還するような表現は、「日本的なるもの」への視点を刷新しています。
北澤潤のプロジェクトは、かつて日本軍のジャワ侵攻に使われ、のちにインドネシア独立戦争で再利用された戦闘機を、現地の凧職人たちとともに蘇らせる試みです。歴史の痕跡をダイナミックに掘り起こしながら、過去と現在、そして両国のあいだに横たわる葛藤と可能性を浮かび上がらせます。
3. グローバルなアートシーンのなかでの「日本」
ケリー・アカシ《モニュメント(再生)》 2024-2025年 Courtesy: Lisson Gallery 撮影:Dawn Blackman
いま「日本のアート」は、もはや国籍や地理的な境界の内側にとどまるものではありません。ケリー・アカシは、ブロンズやガラスといった素材を用いた彫刻を通して、身体や記憶、刹那と永遠といった普遍的なテーマを詩的に描き出します。一方、キャリー・ヤマオカは、アナログ写真の手法を取り入れ、歴史的記憶や消失、風景の記録をめぐる作品を制作しています。ともに日系アメリカ人である二人の表現には、国境や世代を越えて響き合う、日本的な抒情と静けさが漂います。
マレーシア出身のシュシ・スライマンは、長年にわたり広島県尾道市を拠点に、土地の歴史や地域社会と深く関わる制作を続けています。記憶や移動、越境といったテーマを多様な視点から探るその作品は、日本という場に生きる人々の姿を通して、社会と文化のありようを物語ります。
