被災者のリーガル・ニーズが法律を作る 制度を変える
では、もし被災者のニーズに応える法制度が存在しない場合は、仕方ないと諦めなければならないのでしょうか。既存の法律の不備が発見できたのであれば、新しく法律を作ったり、既存の法律を改正したりすることが求められるはずです。
人が亡くなると相続が発生します。亡くなった方の負債が大きく相続を望まない相続人がいる場合、裁判所へ相続放棄という手続きをすることで、負債を含む一切の財産を相続しないこともできます。ただし、相続放棄の期限は相続を知ってから3か月以内とされています。これを熟慮期間といいます。大規模災害の被災地でこの3か月の期限を守ることは不可能に近いものです。この問題が鮮明に現れたのが東日本大震災です。弁護士の提言をきっかけとした議員立法により、災害後に期限が到来する相続放棄の熟慮期間を一律延長する臨時法が成立しました。その後、特定非常災害特別措置法という恒久法が追加改正され、特定非常災害に指定された場合、政府の判断(政令)により、熟慮期間を1年の範囲で延長できるようになりました。
このような法改正の背景には、被災者の声があります。法律や制度を知る機会を得られずに支援を逃す被災者や、仮に支援の存在は知っていてもサポートがなく手続きに至らない被災者がいます。被災者のリーガル・ニーズを無料法律相談の窓口で察知することができた弁護士たちは、声をまとめて法改正や制度運用改善を政策提言し、立法化に向けた様々な活動をしてきました。
その実績や浮き彫りになった新たな課題をそのままにしておくのではなく、記録して将来に伝える「場」あるいは「装置」のようなものが必要です。そこで、東日本大震災後に提唱した新たな学問が「災害復興法学」です。災害法制に完成や絶対は存在しません。災害を経験し、その都度発見される課題を糧として変容と進化を止めないことこそが災害法制の宿命だといえます。法を通じて、私たちはこの国の未来を担う者たちへ教訓を伝えていく使命があるはずです。
2012年に開始した災害復興法学の講義風景(慶應義塾大学)
災害復興法学と「くらしの中の防災」
災害復興法学が目指すのは、災害時における被災者のリーガル・ニーズをもとに新しい制度が誕生した軌跡を伝承しながら、私たちが災害時に利用することができる被災者支援のための法律を、平時から学ぶ防災教育を行うことにあります。連載「災害時の『お金と法律』」では、災害後の被災者のリーガル・ニーズをもとに、私たちを助けてくれる様々な法律や制度を紹介し、平時からの「知識の備え」としてもらうことを目指したいと考えています。
なお、連載にあたっては、自著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版』(弘文堂2021年)の内容を多く参照することを最初にお断りしておきたいと思います。同書や本連載による知恵の備蓄が、万一のときに、あなたと家族を、同僚や友人を、そしてまだ見ぬ誰かを救う助けになればと願っています。

<執筆者プロフィル>
岡本正(おかもと・ただし)
弁護士/気象予報士/博士(法学)
1979年、神奈川県出身。慶応義塾大卒。銀座パートナーズ法律事務所。内閣府出向や東日本大震災での復興支援経験を活かし「災害復興法学」を創設。新潟大学研究統括機構客員教授、岩手大学地域防災研究センター客員教授、防災科学技術研究所客員研究員、人と防災未来センター特別研究調査員などを歴任するほか、慶應義塾大学などで多数の講座を担当。著書に「被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版」(弘文堂)。

