ここにいれば、誰も私を貶めない
最後の段ボールを車に積み込み、鍵を締めたとき、私は思わずその場に立ち尽くしました。もう、このドアを開けることはない。そう考えると、足元が震えました。
「さあ、行こう」
沙織が私の肩を抱き、私とゆりを車に乗せてくれました。新居は、沙織が手配してくれた、直哉の職場から遠く離れた場所にあるアパートの一室。内見も沙織が一人で済ませてくれていました。荷解きを少し終えて、二人で座り込んだリビングで、沙織が口を開きました。
「直哉さんってさ、私の前でも楓に冷たかったよね『豚の餌にもならないようなメシしか作れない』って。あれ、私は聞いてて本当に腹が立った」
「そう、そうだったね……」
私は遠い日の出来事のように回想しました。
「『俺が稼いだ金で食わせてもらってるんだぞ』って。毎日、そう言われてた」
沙織は静かに私の手を取りました。
「もう大丈夫。ここでは誰も、楓を責めたりしない。ゆりちゃんも安心して眠れるよ。今日から、楓の新しい人生が始まるからね」
沙織の言葉に、私は初めて心の底から安堵し、涙があふれてきました。別居という一歩を踏み出したことで、私の心は少しずつ、彼の色から解放されていくのを感じたのです。
あとがき:支配の鎖を断ち切る荷解き
「別居」という物理的な距離だけでなく、精神的な解放がテーマの回です。特に、ウェディングドレスを「直哉のモノ」として置いていく決断は、過去と直哉の支配から完全に決別するという楓の強い意志を象徴しています。
恐怖心で自分の所有物と彼の所有物の区別さえ曖昧になっていた状態から、冷静に「私のもの」を取り戻す行動は、自己肯定感を取り戻すための大切なステップ。友人の沙織の存在は、安心と「あなたは悪くない」という確信を与えてくれます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
記事作成: ゆずプー
(配信元: ママリ)

