布施のまちなか、通りの角をふと曲がると、古びた木の扉が目に入る。くぐると広がるのは、石臼で挽かれたそば粉の香りと、足元にやさしい畳の感触。
「手打ちそば庵(いほり)」。十割蕎麦が、まっすぐに静かに出てくる場所。ここでは、暮らしと季節が同じ速さで流れている。そんな気がする。

町に根ざした、静かな蕎麦屋
大阪・布施の住宅街。人の暮らしが息づくその一角に、「手打ちそば庵」はある。築100年を超える古民家で、蕎麦と向き合ってもうすぐ30年(2025年現在)。

初代が開いたのは1996年。今は2代目が暖簾を受け継ぐ。変わったのは町の風景。でも、蕎麦を打つ音と香りは、きっと昔のままだ。

重厚な木の扉に一瞬たじろぐが、開ければ「いらっしゃいませー」と明るい声。
「お好きな席どうぞー」と声をかけられ、奥へ進むと、モダンな照明と畳が同居する心地よい空間が広がる。席は18。テーブルと座敷。肩の力が抜けるような、静かな時間が流れている。

石臼で挽く、今日のぶんだけ
使うのは島根・三瓶山のふもとで育つ在来種のそば。店主みずから農家を訪ね、土の匂いを確かめながら選ぶ。朝、その日の分だけを石臼で挽き、水と手の感覚と空気の加減で打つ十割蕎麦。細く、しなやかで、力強い。

ひと口すすると、ざらりとした舌ざわりとともに、香りがふわりと立ちのぼる。噛むほどに、粒のうまみがじんわり広がっていく。「これが十割か」と、膝を打つ。そんな一杯だ。

そばつゆは、関西らしいやわらかさがありながら、カツオの芯がきいている。まろやかで、しっかりしていて、十割蕎麦をきちんと支える。派手さはないが、気づけば最後の一滴まで飲んでしまうほどだ。
