美容院脳卒中症候群とは?メディカルドック監修医が美容院脳卒中症候群の症状・原因・なりやすい人の特徴・後遺症・治療法・予防法や何科へ受診すべきかなどを解説します。気になる症状がある場合は迷わず病院を受診してください。

監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
2011年福島県立医科大学医学部卒業。2013年福島県立医科大学脳神経外科学入局。星総合病院脳卒中センター長、福島県立医科大学脳神経外科学講座助教、青森新都市病院脳神経外科医長を歴任。2022年より東京予防クリニック院長として内科疾患や脳神経疾患、予防医療を中心に診療している。
脳神経外科専門医、脳卒中専門医、抗加齢医学専門医、健康経営エキスパートアドバイザー。
「美容院脳卒中症候群」とは?
美容院脳卒中症候群(Beauty Parlor Stroke Syndrome, BPSS)は、その名の通り、美容院や理髪店でシャンプーを受ける際に、首を過度に後ろに反らした状態(頸部過伸展)がきっかけとなって発生する、非常にまれですが重い脳卒中です。
この特有の病気は、1990年代初頭にアメリカの医師によって初めて医学的に報告されて以来、「ある特定の姿勢」が脳卒中を引き起こす可能性があるとして注目を集めています。
一般的な脳卒中が、高血圧や糖尿病といった長年の生活習慣病の積み重ねで発生することが多いのに対し、BPSSは、シャンプー時の姿勢という「外部からの要因」が直接的な引き金となる点が決定的な特徴です。
脳は、前方の血液ルート(主に内頚動脈という血管)と、後方の血液ルート(主に椎骨脳底動脈という血管)の二つの主要な道で栄養されています。BPSSが関わるのは、首の骨(頸椎:けいつい)の中を通り、脳幹(呼吸や心拍など、命を維持するために必須の機能を持つ部位)や小脳(体のバランス感覚や運動機能をつかさどる部位)に血液を供給する椎骨動脈を含む、後方の循環ルートです。
この後方のルートの血流が障害されると、一般的な脳卒中(半身麻痺など)とは異なる、めまいやふらつき、視覚異常といった特有の症状が現れます。
シャンプー時に首を大きく後ろに反らすと、この椎骨動脈が、首の骨の構造物によって物理的に圧迫されたり、あるいは無理に引き伸ばされたりすることで、脳への血流が一時的に途絶えたり、血管の壁が傷ついて血栓(血の塊)ができたりします。これにより、血流が不足する椎骨脳底動脈不全の状態を経て、最終的に脳梗塞(脳の血管が詰まる病気)を引き起こしてしまうのです。
世界的に見ても報告されている症例数は多くはありませんが、その結果が命を脅かす重篤な脳卒中であることから、リスクを正しく理解し、適切な予防策をとることが大切です。
美容院脳卒中症候群の主な原因
BPSSが起こる仕組みは、単純な姿勢の問題だけでなく、個人の体の構造や元々の血管の状態によって異なります。主な原因として、「機械的な圧迫・狭窄」「血管壁の損傷(解離)」、そして「既存の血管リスク」の三つが考えられます。
椎骨動脈の機械的圧迫・狭窄
頸部過伸展(首を後ろに大きく反らした姿勢)をとったとき、首の骨の付け根(頭蓋骨と一番上の首の骨が接合している部分)の構造物が、その近くを通る椎骨動脈を物理的に押しつぶし、血管を狭くしてしまう状態です。
特に、首の骨の変形(頸椎症)や加齢によってできる骨の突起(骨棘:こつきょく)がある場合、血管がこれらの硬い組織に挟まれやすくなり、圧迫による血流低下が起こりやすくなります。この血流の低下は、椎骨脳底動脈不全として症状を引き起こします。
この圧迫によって血流が低下している間、あるいは低下した直後に、
・強い回転性のめまい
・吐き気、嘔吐
・稀に意識が遠のく感じ(失神前駆症状)
などが出現しやすいです。
これらの症状は、圧迫が解除される(頭を元に戻す)と数分以内に治まることがありますが、これは一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれる「脳卒中の警告サイン」である可能性が高いです。
症状が数分以内に完全に消失した場合(TIA)でも、血管に構造的な問題がある可能性が高いため、準緊急性で受診が必要です。症状が持続する場合や重篤な場合は緊急性が極めて高いです。
受診すべきは、脳卒中の専門診断ができる脳神経外科または神経内科です。シャンプー時の姿勢で症状が出たことを医師に必ず伝えましょう。
椎骨動脈の解離と血栓形成
頸部過伸展や無理な首の動きにより、椎骨動脈が過度に引き伸ばされ、血管壁の内側に小さな亀裂(解離:かいり)が生じることがあります。血管の壁が傷つくと、その部分に血液が流れ込み、血管が詰まったり、傷ついた部位にできた血栓が脳に流れ飛んだりすることで、脳梗塞に至ります。これは、特に若い方における脳卒中の原因として知られています。物理的な力が血管の組織を傷つけることで起こります。
解離の初期サインとして、
・突然発症する、これまで経験したことのない激しい後頭部や首の付け根の痛みが出ることが特徴的です。この痛みは血管壁が裂けたことを示す警告サインです。
機械的圧迫と異なり、解離による血栓形成と脳梗塞は、血管の損傷から血栓が完成し、脳の血管を詰まらせるまでに時間がかかるため、シャンプー後、数時間から数日経ってから症状(麻痺、ろれつが回らない、ふらつきなど)が現れることが多く、この時間差が診断を遅らせる原因となります。
激しい頭痛や、麻痺、ろれつが回らないといった脳卒中症状が出た場合は、緊急性は極めて高く、一刻を争います。「時間が脳を救う(Time is Brain)」という原則のもと、すぐに救急車を要請してください。搬送先は、脳卒中の急性期治療(t-PAや血栓回収療法)が可能な脳神経外科または神経内科の体制が整った総合病院であるべきです。。
既存の血管リスクと血流低下
BPSSは、単なる姿勢の問題ではなく、個人の持病によってリスクが増幅される病気です。
長年の高血圧や高脂血症により、動脈硬化が進行し、すでに血管が狭くなっているところに、シャンプー中のわずかな圧迫や血流の変化が加わるだけで、血流が完全に途絶えてしまうことがあります。動脈硬化が進んだ血管は弾力性を失っています。
また、稀に椎骨動脈の一方が生まれつき細い(低形成)である場合、残る主要な一本が圧迫された際に、脳幹や小脳への血流が維持できなくなり、脳虚血(血流不足)のリスクが格段に高まります。
基礎疾患を持つ場合、症状が重篤化しやすく、
・意識障害
・全身の運動失調(体のバランスが取れない)
・嚥下困難(飲み込みにくい)
など、脳幹梗塞(生命維持機能に関わる部分の梗塞)特有の深刻な症状を呈することがあります。
高血圧や糖尿病、喫煙習慣といった基礎リスクを持つ方は、わずかなめまいや違和感であっても軽視せず、症状の持続があれば緊急性の判断基準を高く持つべきです。受診時には、シャンプー時の状況に加え、持病の有無を詳細に伝えることで、適切な診断と再発予防の対策につながります。

