
スーパー戦隊シリーズ「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」(2022~2023年、テレビ朝日系)で初主演。以降、人気若手俳優の一人として国内外で熱い支持を集める樋口幸平。日本映画専門チャンネルでは、「2ヶ月連続 俳優 樋口幸平に染められて!」と題し、樋口の出演作を12月と1月の2ヶ月にわたり特集放送。その1作として、樋口の代表作の一つであるドラマ「体感予報」が放送される。
「体感予報」の魅力といえば、その湿度の高さ。フレッシュで爽やかなBLドラマが人気を集める一方、より複雑で捻れた関係性を求めていた層に「体感予報」の官能的でドープな愛が突き刺さった。
多くの中毒的なファンを生み出した「体感予報」の魅力を、ここに紹介したい。
■世界一報われない暴君のキュートな愛の物語
「体感予報」は、ハイスペックな気象予報士・瀬ヶ崎瑞貴(樋口)と自己肯定感が低いエロ漫画家・棚田葉(増子敦貴)の物語だ。
学生時代から“ぼっち”の陰キャ。心の拠り所である漫画も芽の出る兆しはなく、将来の展望が見えなかった葉は、ある日突然、気象予報士として就職の決まった大学の先輩・瀬ヶ崎から「俺のところに来い、そこそこ高給とりになる予定だから」と同居を提案される。ただし、条件が一つだけーー「瀬ヶ崎の言うことを全部聞く」こと。葉の言葉を借りるなら、瀬ヶ崎の“奴隷”となる日々が始まった。
瀬ヶ崎と葉(ここからは、愛を込めてダヨちゃんと呼ばせていただきます)、2人の関係性の何が魅力的かというと、お互いの恋心が気持ちいいくらいすれ違っているところだ。ダヨちゃんは、瀬ヶ崎の提案を奴隷契約だと思っており、どれだけ瀬ヶ崎に抱かれても自分は性欲解消の道具でしかないと思い込んでいた。
でも、瀬ヶ崎は違う。衣食住の世話をしてもらうといっても、ダヨちゃんは家事もろくにできない。ご飯だって瀬ヶ崎の方がよっぽどうまくつくれる。瀬ヶ崎は、何も家事ロボットとしてダヨちゃんを雇ったわけじゃない。
ただ、そばにいてほしかった。ただ、自分のものにしたかった。誰にも奪われたくないくらい、棚田葉という人間を独り占めしたかった。
この重すぎる愛に、ダヨちゃんだけが気づいていない。鈍感で、自分に価値がないと思うあまり愛されていることに無自覚なダヨちゃんと、嫉妬深くて、俺様で、尽くしたがりの瀬ヶ崎。世界一美しくて、世界一報われない暴君のキュートで一途な愛に悶えることこそが、「体感予報」の悦びだ。
■樋口幸平が体現した瀬ヶ崎の色気と儚さ
瀬ヶ崎の眼差しからは、いつもダヨちゃんへの愛が溢れている。頬杖をついて、ダヨちゃんを見上げるときの瀬ヶ崎の顔は、ダヨちゃんの反応を面白がっているようで、でもこの上なく愛しいものを見るときの目をしている。
瀬ヶ崎の愛の言葉は、ダヨちゃんにだけ届けばいい。だから、瀬ヶ崎はいつもそっと耳打ちする。一緒に買い物に出かけたときは、おしゃれなショップに戸惑うダヨちゃんの耳元で「買ってやるよ」とささやき、退屈な同級生との馴れ合いから抜け出したときは「全然楽しくない」といたずらっぽくダヨちゃんとだけ秘密を分かち合う。その吐息混じりのささやきは脳天を貫くほどにセクシーだ。放送当時、樋口はまだ22歳。その若さで、悪魔的な色気と危うさを完璧に体現していることに、今観ても恐れおののいてしまう。
だが、決して瀬ヶ崎はただのわかりやすいドS男子ではない。本当の瀬ヶ崎は、あまりにも空気を読む能力に長けすぎているがゆえに、1ミリ単位で表情をコントロールし、同調圧力の激しい集団社会をサバイブしている男だった。本人は、うまく出し抜いているつもりだった。人の歓心を買うことなんて容易いと思っていた。でもただ一人、瀬ヶ崎が本当は無理していることを見抜いた男がいた。それが、ダヨちゃんだった。
誰にも知られることのなかった自分の弱さに、ダヨちゃんだけが気づいた。だから、瀬ヶ崎はダヨちゃんの前でだけは暴君でいられるのだ。完璧人間の瀬ヶ崎と生活能力の低いダヨちゃん、相手に依存しているのは果たしてどちらなのか。それに気づいた瞬間、私たちはもう2人の関係から抜け出せなくなる。
樋口は、色気だけではなく、儚さと繊細さもまとっていた。体調を崩した瀬ヶ崎がダヨちゃんに語りかけるその声は、あまりにも頼りなくて、今にも泣き出しそうで、心の一番柔らかな部分が溶けるようにほだされる。そんな瀬ヶ崎を私たちは知っているからこそ、傍若無人に振る舞えば振る舞うほど、瀬ヶ崎が愛しくてたまらなくなるのだ。
■本当に悪魔的なのは瀬ヶ崎ではなく、ダヨちゃんだった
一方、ダヨちゃんも単に庇護されているだけの“何もできないお姫様”ではない。むしろ、ダヨちゃんには時折ものすごく不遜に見えるときがある。それが、瀬ヶ崎を見つめるときだ。
ダヨちゃんは、自己中心的な瀬ヶ崎に辟易している一方で、瀬ヶ崎の顔立ちを「地球上で見た造形の中でいちばん綺麗」と称え、その美しさに魅入られてもいる。だから、瀬ヶ崎を見る上目遣いは、いつも不貞腐れているようであり、もの欲しげでもある。特に瀬ヶ崎に抱かれた後の、鋭く睨むようなダヨちゃんの目は、いつものおどおどしているダヨちゃんとはまるで別人のように、不満げで挑発的だ。それでいて、お酒を飲むと子供みたいに酔っ払って甘えてしまう無防備さも持ち合わせているので、瀬ヶ崎がその魅力に溺れてしまうのも無理はない。
本当に悪魔的なのは、瀬ヶ崎ではなく、ダヨちゃん。本人すらまるでコントロールできないその妖しげな魅力を、増子は一瞬の閃光のように解き放っていた。その毒矢に射抜かれたが最後。私たちはもう「体感予報」を知らない世界に戻ることができなくなる。
■視聴者の官能を刺激する音と光の演出効果
原作は「BLアワード2023」BESTコミック部門で第1位に輝いた鯛野ニッケによる同名コミック。激しくも透明感のある性描写にページをめくる手が止まらない原作の魅力を、ドラマもしっかりと再現している。
まず鮮烈なのが、ダヨちゃんのモノローグ。「明日は晴れだ。晴れなので、この男は腹が満ちたら、俺を抱くだろう」「絶望とセックスは相性がいいな」など一度聞いたら、まるで何かのまじないのように身体中に響き続けるキラーフレーズで、視聴者を虜にする。
さらに、本作を語る上で欠かせないベッドシーンも正面から描いている。特に印象的なのは、音だ。2人の口づけの音や、誘惑的な衣擦れの音。特に第3話ラストのベッドシーンは、2人から天井へとカメラは動いていくのだけど、なぜだろう、2人が見えなくなってからのほうが、色っぽくて、スリリングに感じられるのだ。
光の使い方も、演出が効いている。2人の暮らす家は、特に夜になるとほんのりと暗く、間接照明をメインとしたほの暗さが、瀬ヶ崎とダヨちゃんのじっとりとした空気感を際立てている。でも、肌を重ねた次の日の朝は、眩しいくらいに明るい。天気予報で明日が晴れのときはダヨちゃんを抱くというルールがあるからこその晴天だし、何よりもいつも言葉が足りなくて、うまく気持ちが通じ合わない2人にとって、すべてを脱ぎ捨て、体で語り合ったときが一番素直で、心が満ちていることの表れのようにも思えてくる。
数あるBLドラマの中でも、中毒性という点において「体感予報」は容赦ない破壊力を誇っている。それは、瀬ヶ崎とダヨちゃんの関係性の魅力はもちろん、こうした映像ならではの演出効果が、霖雨のように私たちの心を濡らすからだ。
放送から2年経てなお「体感予報」という暴風雨は止むことを知らない。私たちはその嵐の中で、今もまだ幸福な雨宿りをし続けている。
文=横川良明

