2016年1月10日、開店15分前。ディスプレイにはまだ何もない。
最近、まるで示し合わせたかのように、店にあるモノが次々と壊れはじめた。レジで使っているiPadは本体と液晶パネルとの片面が外れ、画面がうっすら膨らんでいる状態。給湯器の調子が悪くお湯が出なくなり、Aのバイク(ジョルノ)もエンジンがかからない。エアコンは電源を落とすと、パチパチ、変な音がするようになった。
いずれも使いはじめて十年になるが、モノの寿命とはちょうどそのくらいなのだろう。機械も人間と同じで、長いあいだ酷使していれば、調子だって悪くなるのだ。
しかしモノの寿命が次々にやって来てはじめて、実際それだけの時間が、店に流れていたことに気がついた。「十周年」という言葉はとってつけたようで、大げさに言うことをためらうところもあったが、周りにある様々なモノから、「もう、そのくらいの時間が経ったのですよ」と促された格好だ。
今年は春からTitleの十年間をまとめた本を製作していて、先日ちょうど校了した。本をつくるにあたっては、この間のことを振り返りたい気持ちと、この程度で振り返ってたまるかという思いが両方あり、結局は本をつくりたいという気持ちが勝った。
編集は川口恵子さん、ブックデザインは根本匠さんが引き受けてくださり、自主制作にしては情報過多な、256ページの、大ぶりな文芸誌のような本が出来上がった。二人は言い出しっぺのわたし以上に、この本に真剣に向き合ってくれて、途中からわたしは、二人に背中を押されるようやっていただけだった。
本のタイトルは『Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』としていたが、本づくりも佳境を迎えたころ、根本さんからタイトルを、『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』にしたいと連絡があった。
「辻山さんにとって〈本屋〉という言葉は、単なる職業名以上の重さをもって使われていると感じています。〈本屋Title〉と堂々と正式ロゴと一緒に表記することで、生活の場・公共性をもつ実在が前面に出て、その言葉を店名の前にそのまま置くことが〈この本は、“本屋という仕事”そのものをめぐる本でもある〉ということを、タイトルの段階ではっきりさせることができると考えています」
これまでわたしは、「あくまでも正式な店名は〈Title〉で、それだけでは何の店かわからないから、ロゴや看板には〈本屋〉という文字を入れている」と説明してきた。しかしそのことは、本屋であることに対する、わたしのねじれた自意識も表していたに違いない。「確かに本屋だけど、自分でそう言っちゃうのもなんだかね」。わたしはそのように考えていたのだ。
なにカッコつけてんだ――もちろん温厚な根本さんはそのようなことは言わないが、わたしは〈本屋〉から逃げてはならないと思い知らされた一件であった。
2016年1月7日、開店準備中の店の写真を撮る齋藤陽道さん
「来年の一月で十年になる」という話を店頭ですると、ほとんどの人がおめでとうと言ってくれる。それはとてもありがたいことだが、画家の牧野伊三夫さんだけが少し考えたあと、「まだまだこれからですね」と言ってくれて、そのことがとても腑に落ちた。
それは、全国の長く続いている店を知っている牧野さんだからこそ出た言葉だろう。よのなかにはただ黙々と仕事を続け、何十年、何百年と続いている店も多い。そうした先輩方から見れば、Titleなどはまだひよっこで、十年はいっときの通過点にすぎない。「まだその先、そのずっと先に見えてくる景色があるんだよ」。牧野さんはそのことを、それとなく諭してくれたのだと思う。
壊れたモノのうち、修理できるものは修理し、iPadは最新の機種に買い替えた。買い替えたのは、これからも前に進むためだ。別にどう呼んでいただいても構わないが、来年の一月十日から、正式な店名は〈Title〉ではなく〈本屋Title〉にしたい。
今回のおすすめ本

『星のうた』左右社編集部=編 左右社
遠く星を見て、自らの存在の不思議について、思いを馳せないものなどいないだろう。贈り物にも最適な、星をめぐる歌のアンソロジー。

