「手押し魔神BOO」大麻リキッドを売りまくって、人生終わりかけた話。|Z李

「手押し魔神BOO」大麻リキッドを売りまくって、人生終わりかけた話。|Z李

SNS総フォロワー100万人超のインフルエンサーであり作家のZ李さんの新刊『君が面会に来たあとで』が11月19日に発売されました。

歌舞伎町を生きる人々の葛藤や、人情味あふれる人間模様などを恋愛、ホラー、SFなど様々なタッチで描いたショートショート集。本作のなかから、試し読みをお届けします。

規制されればすぐに、構造を少しだけ変えた「新しい成分」が現れる、合成大麻の世界。最近では、SNSを使った売買も増えているといいます。今回は、そんな世界に足を踏み入れた、ある若者が主人公です。

*   *   *

手押し魔神BOO

先週違法になったばかりの、合成大麻のリキッドをたくさんもらった。

どうせ違法になっちまったんだから、本物って言って売っちまえってさ。去年からヤクザを始めた、先輩の浜田くんがくれたんだ。

もう、浜田くんじゃなくて兄貴って呼べって言われてるけど、兄貴呼びしたら舎弟にされることは分かりきってるから、浜田くん呼びは崩さない。というより、こちらからはなるべく呼びかけないようにしている。どうしても声をかけないといけない時も「あの」ともじもじして「どうしたんだ」と言われるのを待つ。

ペンに詰めて一万円で売って、出来高でいいから毎週半分持ってこいって。

でもこれ、本物と比べるとちょっと味が違うんだよなあ。なんか薬っぽいっつうかなんつうか。

テルペンってやつがあれなのかな? よく分からねえけど。

 

「優一、飛ばし持ってきたよ。データ通信専用のやつだけど、LINEとかは出来るべ」

西早稲田のアパートに、康太がやって来た。打ち子のバイトをやってた時に知り合ってから、もう三年になる。

「うーん、どうすんだこれ? やっぱSNSとか使って売る?」

そんな浅い考えで、俺たちはXに“手押し魔神BOO”というアカウントを作った。プロフィールには「安心と飛びをあなたに」「都内即日」「DM only」。アイコンはクソコラのドラえもんがブリってるヤツを設定した。

初日も二日目も、いくら宣伝しても、いいねもつかなければDMなんか一切来なかったが、三日目に康太がぶっ飛びすぎて、ゲームのコントローラーを持ったままあぐらをかいて寝ている動画がそこそこ伸びた。

「飛びすぎ! こいつスト6やりながら寝たんだけど!」ってテキストを入れた動画だった。

人生初バズがこんなんでよかったのかよってちょっと思ったけど、<これ本物ですか?>ってDMが来て、適当に<ガチです。初回割アリ>って返したら、渋谷の文化村通りで会うことになって、五本買ってもらった。

 

そこからはとんとん拍子に注文が入るようになり、「ニセモンじゃねえか」のクレームはシカト、まとめて注文をくれたら割引といった具合で対応してたんだけど、送りの場合の後払い飛びが頻発した。待ち合わせバックレも増えてきて、俺と康太は頭を抱えていた。

いい感じに儲かると思って、浜田くんに七十五万持ってった時に、もう五百本分預かってきちゃったからな。

ペンに詰め替える器具的なのも買っちゃったし、これ以上のバックれはまずい。

 

そう思っていた頃に、不思議なヤツからDMが来るようになったんだ。

最初は冷やかしかと思った。

そのアカウント、フォローもフォロワーもゼロだからね。まあ、まともな品物買うわけじゃないから、捨て垢は当たり前だとしてもだ。

投稿もなし、鍵垢、アイコンは真っ黒な円。生活感的なものを一切感じない。

<お前がいま売ってること、バレてるよ>

<でも、捕まるのはまだ先。最初に捕まるのは、買った方>

<売ったお前は、次の仕入れが終わったところで動かれる>

最初はもちろん、信じちゃいなかった。

でも、このDMが、近い未来の出来事を正確に予告してきたんだよね。

<三鷹で買った女、明日のニュースに出るよ。児童虐待>

本当にあの女がニュースに出た。ホストの彼氏と一緒になって、自分の子供に暴行を加えていたとか。

<中野坂上の客は来ないよ。二十二時十八分に人違いで声をかけられる>

二十二時待ち合わせたが客は来ず、待ちぼうけしているところに大学生みたいな男が声をかけてきて、顔を見ると気まずそうにどっかへ行った。

<池袋の私書箱に送った取引で揉めるぜ?>

届いてないとクレームを入れられて、アンチ垢まで作られて大変だった。

<業務提携を持ちかけてきたやつとは会うな>

卸希望のやつとの待ち合わせで、わざと時間を遅らせてチラ見しに行ったら、駐車場に砂鉄グローブしてるやつが三人いた。

 

明らかに“普通の人間”じゃなかった。

康太が言った。

「なあ、お前、このDMのやつ、誰だと思う?」

「……未来の誰かじゃねえか?」

「は? お前アホか?」

「だって、全部当たってんだよ。怖くね?」

冗談のつもりだった。

でも、その夜DMが来た。

<未来から来た、って言ったら信じるか?>

<こっちの世界じゃ、お前はこのあとすぐに実刑を食らう。でも今回のバイが成立しなけりゃ、未来はズレる。だから俺は来た。こっちでは俺も半グレ扱いだ。でも、お前の未来が変われば、俺の生きてる未来も変わるから>

意味がわからなかった。でも、そいつが指定した“売らない方がいい客”を避けた週だけ、トラブルがなかった。

 

で、俺は調子に乗った。信用しすぎた。

そいつが「この取引は安全」って言った仕入れがあった。ここが分岐点になると。この相手グループが太客になり、かなりの金を俺と康太が持つことになると。

すごい量のオーダーをもらったから、浜田くんに速攻電話して在庫を全部もらってきた。

ペンに詰め替えると八百五十本分。

約束された未来に夢を膨らませながら夜通し作業をして、疲れ果てて眠っていた朝、ガサ入れにあった。おとり捜査だった。

捕まる瞬間、DMが来た。

 

<これで、こっちの未来が消える。ありがとうな>

 

意味が分からなかった。ただ、夜通し作業のご褒美に鬼吸いしてたから、この意味不明なメッセージには、かなり飛ばされた。

 

今? 保釈中。浜田くんはLINEも繋がらないし、康太は実家に戻ったらしい。

俺の世界はどうなったかって? それはこれからだ。

あのXのアカウントの投稿はゼロのままだ。でも、手押し魔神BOOのDMは、いまだにログインして読める。

もし、本当にあいつの未来がプラス方向に変わったのなら、俺は人助けをしたのかな。

「本当はお前、誰なんだよ」

試しにメッセージを送ってみると、しばらくしてから通知が届いた。

ふざけてやがるけど、たぶん感謝の気持ちなのだろうか? それとも、おちょくってる?

 

“未来の半グレ”からは、ハートマークだけが送られてきていた。

配信元: 幻冬舎plus

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