高市早苗首相が進める「旧姓の通称使用法制化」案が、2026年の国会提出に向けて調整されている。
現在、旧姓については住民票やパスポート、運転免許証などへの併記ができるようになっている。高市首相の私案は、これをさらに拡大するものだという。
読売新聞(12月3日配信)によると、「住民票に旧姓を記載する制度を新法に明記し、通称として使用できるようにする。その上で、国や地方自治体、事業者は旧姓を使用できるよう必要な措置を講じるよう努めると規定」する内容だ。
12月9日の衆院予算委員会でも、高市首相は旧姓の通称使用法制化に向けた意欲を示した。
しかし、夫婦同姓制度を維持したまま旧姓利用の"場面"を広げようとしても、根本的な問題は解決されず、その実効性も不明との指摘が、選択的夫婦別姓を求める当事者や専門家から相次いでいる。
なかには、企業や行政の負担を増やし、さまざまな犯罪リスクの高まりを懸念する声もある。
夫婦同姓制度を維持したまま旧姓の通称使用を法制化するという高市案には、どのような問題があるのか。選択的夫婦別姓訴訟の弁護団長、寺原真希子弁護士に聞いた。
●公的ダブルネームは「氏の大改革」
──今回の高市案は、夫婦同姓を前提とする限り、どんな法的限界があるのでしょうか。
大きく3つあります。
(1)夫婦同姓制度の本質的問題(人権侵害)が放置されること
(2)2つの公的氏名(ダブルネーム)が誕生することによる混乱・弊害
(3)そもそも旧姓使用の実効性自体に限界があること
順に説明していきます。
(1)夫婦同姓制度の本質的問題(人権侵害)が放置されること
「改姓の強制」が残る以上、
・生まれ持った氏を失うことによる氏名権や人格的利益の侵害(アイデンティティや個人識別特定機能の喪失・低減)
・女性に偏る改姓慣行や「女性が改姓するもの」という差別的意識が再生産されることによる平等権の侵害
といった制度の根本問題は解消されません。
2021年最高裁決定の宮崎・宇賀両裁判官の反対意見も「ダブルネームである限り人格的利益の喪失がなかったことになるわけではない」と指摘しています。
(2)2つの公的氏名(ダブルネーム)の誕生による混乱・弊害
高市案が、戸籍上の姓に加えて、旧姓(通称)の使用を公的に認めるというものならば、1人が2つの「公的な氏名」を持つことになります。これは「氏」のあり方を根底から変える「大改革」です。
2015年最高裁判決の木内裁判官の意見も「通称を法制化するとすれば、全く新たな性格の氏を誕生させることとなる」と指摘しています。
結果として、行政・金融機関・企業等で同一人物の確認が複雑化し、社会システムに混乱が生じる懸念があります。マネーロンダリングやなりすましなど不正利用のリスクも高まります。
法務省が1996年に発行したパンフレット「選択的夫婦別氏制度について」でも、「社会からみてその人が誰かということが分からなくなり、混乱を招くおそれがあります」と警告されています。
(3)そもそも旧姓使用の実効性自体に限界がある
戸籍姓が別に存在する以上、旧姓だけで社会生活を送ることは現実的に困難です。
報道によると、過去の高市案(2002年、2020年)と同様、今回の案も行政や企業に求めるのは努力義務にとどまります。つまり、旧姓使用を求める権利が国民に付与されるわけではありません。
さらに、入国管理や海外銀行口座など、他国が関与する場面で通称を用いるには、国際民間航空機関(ICAO)や金融活動作業部会(FATF)など国際的枠組みの合意変更が必要となります。
戸籍姓の使用を求められる場面は依然として残ります。旧姓を使える場面と混在することで、使い分け等に伴う新たな不利益が生じる可能性もあります。
●マネーロンダリングや詐欺の犯罪リスクも
──企業や行政に旧姓対応を求めた場合、実務面のリスクはどのように考えますか。
税・社会保険・教育・医療・金融のほか、企業の人事給与・顧客管理など、あらゆる分野のシステムで改修費用がかかるだけでなく、運用コストも継続的に発生します。
また、誤入力や名寄せ(データ突合)ミスなどの不備が生じた場合の責任の所在も不明確で、法的にも不安定な事態が想定されます。
さらに、同じ人物が戸籍姓と通称による複数の口座名義を持つことは、マネーロンダリングや詐欺、税・教育・医療といったさまざまな分野でのなりすまし、といった不正利用のリスクを高めることになります。

