エンヴァイロメントからインスタレーションへ
1950年代から60年代にかけて、インスタレーションアートは「エンヴァイロメント(環境芸術)」という名称で呼ばれることが多くなりました。この時期の最も重要な人物がアラン・カプロー(1927-2006)です。彼は1957年頃から、ギャラリー空間全体を使った環境作品を制作し始めました。
カプローは1958年にハンザ・ギャラリーで無題の環境作品を発表しました。この作品では、半透明のビニールシート、針金、布、カーボン紙、錫箔などを空間に吊るし、5台のテープレコーダーで電子音を流すことで、鑑賞者が作品の中に入り込む体験を作り出しました。
1965年に出版されたインタビューの中で、カプローは次のように語っています。
私はただギャラリー全体を満たした。ドアを開けると、あなたは環境全体の真っただ中にいることになる。
カプローは当初この形式を「エンヴァイロメント」と呼び、後にこれを発展させて「ハプニング」という、観客参加型のパフォーマンスアートを生み出していきました。
カプローの実践の背景には、作曲家ジョン・ケージ(1912-1992)から受けた影響がありました。1957年から58年にかけて、カプローはケージがニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチで行っていた音楽の講座に参加し、そこで偶然性や不確定性といった概念に触れました。
ケージの「プリペアド・ピアノ」の技法、つまり楽器に日常品を挿入して予測不可能な音を生み出すアプローチは、カプローが自身のインスタレーションに聴覚的・動的要素を取り入れるきっかけとなりました。
また、カプローは哲学者ジョン・デューイ(1859-1952)の著書『経験としての芸術』からも深い影響を受けていました。デューイは芸術を孤立した美的対象ではなく、日常生活に統合された体験的プロセスとして捉える考え方を提唱しており、これはカプローの「芸術と生活の境界を曖昧にする」という目標と共鳴するものでした。
カプローの代表的な環境作品の一つに《Yard》(1961年)があります。これはマーサ・ジャクソン・ギャラリーの彫刻庭園で発表されたもので、何百ものタイヤを空間に敷き詰め、訪問者が自由に歩いたり、座ったり、タイヤを動かしたりできるようにした作品でした。
この作品は、鑑賞者と作品の間に明確な区別がなく、鑑賞者自身が作品の一部となるという、インスタレーションアートの本質的な特徴を体現していました。
エンヴァイロメントが空間の包摂を重視するのに対し、ハプニングは時間の要素と即興性を導入し、この二つがインスタレーションアートの体験性と動的な要素の源流となったのです。
インスタレーションアートの感覚拡張と没入体験
1960年代以降、インスタレーションアートは感覚的体験をより重視する方向へと発展していきます。その代表的な作家の一人が草間彌生(1929-)です。
彼女は1965年に最初の鏡を使ったインスタレーション《Infinity Mirror Room—Phalli's Field》を制作しました。これは、彼女が長年取り組んできた繰り返しのモチーフを、鏡という装置を使うことで、物理的な制約を超えて無限に拡張させる試みでした。
Infinity Mirror Roomシリーズは、彼女が幼少期から経験してきた視覚的幻覚を芸術化したものです。彼女は自身の体験について、「テーブルクロスの赤い花の模様をじっと見ていたら、天井も窓も柱も同じ赤い花模様で覆われて見えた。
部屋全体も、自分の体も、宇宙全体も赤い花で覆われているように見えた」と語っています。この「自己消滅」の感覚を、鏡と反復するモチーフを使って他者と共有できる形にしたのが、Infinity Mirror Roomなのです。
この作品では、鑑賞者は単なる観察者ではなく、作品を構成する要素の一部となります。鏡に映り込んだ自分の姿も、無限に繰り返される光の一部となり、自己と作品の境界が曖昧になる体験をします。
2017年にテート・モダンで展示された《Infinity Mirrored Room—Filled with the Brilliance of Life》(2011/2017年)では、鑑賞者は反射する通路を歩き、浅いプールの上を移動しながら、鏡と水に映り込む無数の光の点に囲まれます。そして光は脈拍のようにリズミカルに点滅し、無限の空間を体験しながらも、時間の経過を意識させられるのです。
彼女の作品が示すのは、インスタレーションアートが単に空間を占有するだけでなく、鑑賞者の知覚そのものを変容させる力を持っているということです。彼女の《Infinity Mirrored Room》は現在、世界中の美術館で常設展示されており、何時間も列に並んででも体験したいと願う人々を魅了し続けています。
