●独立した鑑定センターが必要
以上を踏まえると、科捜研が作成した鑑定書について刑事訴訟法321条4項を準用する前提は崩れており、今後は刑事訴訟法323条3号の「特信情況」が認められない限り、証拠採用されない可能性も生じる。
仮に刑事訴訟法321条4項の準用が維持されるとしても、その信用性についてはこれまでより厳格な吟味が求められる。
科捜研による鑑定結果を暗黙の了解として是認してきた刑事司法はもはや維持できない。弁護人はもとより、裁判官や検察官もこれまでのように科捜研の鑑定結果を無条件に信用することができなくなったのではないだろうか。
佐賀地裁管内では、弁護人が科捜研の鑑定に対してDNA型鑑定に限らず「不同意」とする例が報じられており、今後、多くの鑑定について鑑定実施者の尋問が必要となり、刑事訴訟手続の負担は大きく増すことが想像に難くない。
しかし、科学的証拠の必要性はむしろ高まっており、求められるべきは科学鑑定に対する信頼回復である。
日弁連は過去の改ざんを踏まえて、鑑定資料を含む犯罪捜査の記録を管理及び保管することを義務づける法律の制定を求めることや、通常審における全面的証拠開示制度の創設をもとめてきた。
今回のように、最も信用できるはずの科学鑑定について大規模かつ深刻な不正が発生した以上、捜査手続き全般への信頼を回復させるためにはこのような改革は不可欠であるといえる。
アメリカの一部の州では、捜査機関から独立した鑑定センターを設置し、捜査機関だけでなく、弁護人からの依頼も受ける制度を採用している。日本でも同様の中立的機関の導入が求められる。
●第三者の検証を頑なに拒否する佐賀県警
本件不正は、DNA型鑑定をはじめとした科学鑑定の信頼を根底から揺るがす問題であると同時に「第三者による検証を頑なに拒む警察組織の体質」を露呈した点に、より深刻な問題がある。
報道機関は、市民の声として第三者による調査を求めており、県議会の質疑でも議員から同趣旨の質問が相次いだ。日弁連や九弁連、各弁護士会も第三者による調査の必要性を強調している。
しかし、佐賀県警や警察庁は、頑なに第三者による調査の必要性を否定している。このような姿勢こそが、警察不信を決定的に深めていることを指摘したい。
佐賀県警は、第三者による調査が不要であるとの理由として、公安委員会への報告がされており、公安委員会が第三者として関与していることを理由に挙げる。
しかし、公安委員会は警察の政治的中立性を確保するための組織であるが、事務機能は警察が有しており、警察組織からの独立性が担保されているとは言いがたく、完全な第三者として位置づけられているものではない。
また、警察を管理する組織として監察の指示権限を有するものの、警察組織に対する直接の監査権限は有さない。監察するのは、あくまでも警察官である。
そうすると、公安委員会が不祥事の調査における第三者的機能を有するとは言い難く、公安委員会の関与があるからといって、第三者による独立性・客観性のある調査を否定する理由にはならない。
警察庁による特別監察もあくまでも内部監査の一種であり、佐賀県警が行った調査結果を前提として監察が行われているものであって、第三者による独立性・客観性のある調査の代替とはなりえない。
特別監察の目的は不祥事の原因解明と予防であると言われているが、本件不正で調査すべき事項はそれにとどまらず、不正が個別の事件にどのように影響を及ぼしたかも含んでいるのであって、この点からも特別監察では不十分である。

