検察官がルールを決める「ボクシング」法制審の議論は"出来レース"か 再審法改正の舞台裏

検察官がルールを決める「ボクシング」法制審の議論は"出来レース"か 再審法改正の舞台裏

●人生を破壊された袴田さんと法制審「恐ろしいほどのギャップ」

──昨年、袴田巌さんの再審無罪が確定しました。

法務省の官僚や検察官は、今回の法制審での議論を統計という「数字」で捉えているような気がします。法制審の第1回(2025年4月21日)の議論でも、年間400件ほどある再審請求の統計を持ち出して、効率性の観点で話をしている。

しかし、その400件のうちの1件が袴田事件でした。袴田さんは約60年間、無実の罪で身体を拘束され、毎朝「今日、死刑が執行されるかもしれない」という恐怖にさらされ続けました。

60年にわたる重大な人権侵害であり、人生そのものが破壊された事件です。それを法制審の多数の意見では「例外的なケース」とし、個人の人生の重みを想像していないのではないかとさえ思います。

袴田事件をきっかけに再審法改正の機運が高まったはずなのに、法制審の多数の意見との恐ろしいほどのギャップを感じます。

●法相の諮問の時点で「議論の流れが決まった」

──法制審の議論に違和感を覚える理由は、冤罪がある種「仕方のないもの」と扱われているように見える点かもしれません。

本来、議論の出発点は「二度と第2、第3の袴田さんを生まないために、何をすべきか」であるはずです。

ところが、法務大臣が諮問した内容を見ると、「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情に鑑み、同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から〜」と、袴田事件や福井女子中学生殺人事件のような誤判や冤罪を正面から前提にしていません。

この諮問が出た時点で、法制審における議論の大きな流れは決まっていたようなものです。自分たち(法務省検事)がコントロールできる範囲で、お茶を濁そうとしている。

一方、超党派の議員連盟がまとめた改正案が議員立法で成立すれば、状況は大きく変わると思います。

●研究の原点は「テロ等準備罪」

──そもそも、なぜ「検察官の人事」というテーマに注目したのですか。

きっかけは、2017年に成立した「テロ等準備罪」をめぐる国会審議でした。当時、政府参考人として答弁していたのが、法務省刑事局長だった林眞琴さんです。彼はその後、検事総長に就任しています。

その経歴を見て、「法務省刑事局長は、検察幹部人事における重要ポストなのではないか」という着想を得ました。

また、政治学者の西川伸一先生が裁判官人事を分析した研究手法(『裁判官幹部人事の研究 初版』(2010年)など)にもヒントを得て、検察官でも同様の分析ができるのではないかと考えました。

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●「二度と袴田さんを生まない」ことが出発点

──再審制度をめぐり、私たちはどう向き合うべきでしょうか。

袴田事件は、「無罪になったからめでたし、めでたし、おしまい」という話ではありません。袴田さんという一人の人生が国家権力によってめちゃくちゃに破壊されたという事実が出発点です。

それにもかかわらず、再審法改正をめぐる法制審の議論がこの程度でよいのか。ぜひ疑問を持ってほしい。その落差を知れば、何が進められているのかが見えてくるはずです。

インターネットで「法制審 再審」、あるいは「再審 法制審」と検索すれば、法務省ホームページから、法制審で実際に何が議論されているかはどなたでも知ることができます。

繰り返しますが、二度と袴田さんのような人を生まないことが、再審法改正の議論のスタートであるべきです。

そのために、検察官と法務省の関係、そして「ルールを作っているのは誰なのか」に、もっと関心を持つ必要があると思います。

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