● 法テラスが抱える課題 「弁護士報酬」と「償還制」
――地方を含めた全国の司法アクセスを充実させるべく設立された「法テラス」について、日弁連会長時代にも「基盤整備の充実」を訴えていました。設立から約20年が経った現状についてどう見ていますか
法テラスが、市民の皆さんの司法アクセスに大きく貢献したことは間違いありません。これは、これまで法テラスの運営に関わってこられた方々の献身的な努力によるものと思っています。かつての法律扶助協会の時代は予算が数億から十数億円規模でしたが、今や民事法律扶助の代理援助だけで年間10万件以上、約150億円規模になっています。これに刑事事件などを加えると、法テラス全体では300億円以上の規模の事業となり、市民の皆さんが弁護士にアクセスするための重要なインフラとなっています。
しかし、設立から20年が経ち、大きな課題も意識されています。1つは、「弁護士報酬」の問題です。これまで抜本的な見直しはなされていません。この点については、弁護士会も重ねて改善を求めてきた経緯があります。私たちの専門性に見合った報酬単価への改定は、優先順位の高い課題になっていると思います。
もう1つは、やはり大きな課題として、立て替えた費用の「償還制」の問題があります。費用免除されない利用者は分割で返済(償還)しなければならず、これが司法アクセスの大きな障壁になっています。かつては生活保護受給者からも徴収していました。現在は、生活保護受給者は申請により免除する扱いとなり、一部のいわゆる準生活保護受給者等についても個別に免除されるようになりましたが、まだまだ十分とは言えません。
例えば、生活保護を受けることに抵抗を感じる人や、低廉な収入でありながら形式的な要件を満たせないために免除を受けられない方がいます。このような人々に対する個別免除の要件も改善が図られていますが、認められるにはそれなりに高いハードルがあり、予測可能性に難点があるように感じられます。
――法テラスが今後も国民のための制度として機能し続けるために、優先的に取り組むべきことは何でしょうか
喫緊の課題として、以下の対応が必要だと考えています。
第一に、市民の皆さんのために、立替費用免除の範囲を拡大することです。非課税世帯は一律で減額するなど、予測可能性を確保する意味でも、より明確で利用しやすい基準を設けることが必要ではないかと思います。
第二に、第一の課題への対応とともに「弁護士報酬の改定」も早急に行われる必要があると思います。
第三は、「日弁連委託援助業務の本来事業化」です。法テラスには日弁連が自らの予算で委託している8つの事業があります。日弁連の予算ということは、弁護士が支払っている会費、すなわち私たちが自腹で行っているわけです。これらを国費ないし公費で賄う「本来事業」に格上げしていくことも重要な課題です。そういう意味では、2026年1月から一部の犯罪被害者や遺族などについて公費で弁護士が選任される制度の運用が開始されるのは大きな前進だと思います。
これらの実現には、国に動いてもらうことが必要ですので、政治的な働きかけも重要になってくるでしょう。
● 東北唯一の会長経験者として「得られた知見伝えていく」
――日弁連会長職を終えて少し経過していますが、今後のキャリアについてどのように考えていますか
会長職を終えて(東京から仙台の)事務所に戻ってからの3年間は、留守にしていた間の基盤整備、つまり働きやすさと相談のしやすさを両立させた新しい事務所づくりに取り組んできました。「残された時間」という言葉は好きではないので、一人の弁護士として「生き切る」ことが大事だと考えています。
具体的には、これまで私がライフワークとして取り組んできた高齢者や障害者の支援を、事務所のメンバーと共にさらに拡大・進化させていくこと。自らの置かれた立場を十分に主張できない、そうした「声なき声」を拾い上げる権利擁護活動は、ますます重要になります。
また、自分が会長時にレールを敷いた「罪に問われた障害者の支援」を、国費・公費で安定的に実施できるよう、全国展開をさらに推し進めていきたいと思っています。これは私自身に残された宿題だと思っています。
そして何より、東北で唯一の元日弁連会長として、私にしか見えなかった景色、事務総長と会長の両方を経験したからこそ得られた知見を、周りの同僚・後輩たちに伝えていくことも、自分の重要な任務だと思っています。
民事も刑事も、現場を大切にし、依頼者が元気な姿で帰っていく。「法律相談はリハビリの過程」という私の理念を、最後まで実践し続けたい。それが、私がこれからやっていくことなのだと思っています。
(Keyword:日弁連委託援助業務) 日弁連は、法テラスによる民事法律扶助制度や国選弁護制度等でカバーされていない対象者に、人権救済の観点から弁護士費用等の援助をおこなっている。対象者は、「身体を拘束された刑事被疑者」「家庭裁判所に送致された少年」「犯罪被害者」「難民」「緊急の援助を必要とする外国人」「人権救済を必要としている子ども」「精神障害者・医療観察法対象の心神喪失者」「緊急の援助を必要とする高齢者・障害者・ホームレス等」。援助は日弁連が会員である弁護士から集めた会費等でおこなわれている。『弁護士白書2024年版』によると、2023年度の援助件数は合計12,160件で、対象事業としては「刑事被疑者弁護援助」の5,041件が最多だった。
【取材協力弁護士】
荒 中(あら・ただし)弁護士
1954年福島県相馬市生まれ。1979年東北大学法学部卒業、1982年弁護士登録(仙台弁護士会、司法修習34期)。2008年仙台弁護士会会長、2009年日弁連副会長、2012〜14年日弁連事務総長などを歴任。2020年、日弁連会長選で当選した。東京三会および大阪弁護士会以外からの選出は史上2人目。東北地方初の日弁連会長として、コロナ禍での舵取りを担った。
事務所名:荒総合法律事務所
事務所URL:https://ara-sougou.jp/

