「今100人以上が新棟に住んでいるわけですが、そういった寮生が無視されている状況であることは和解を経ても何ら解決していません。名もなき存在として無視され続けていると危機感を持っています」
こう訴えたのは、京都大学の学生寮「吉田寮」に住む学生。寮をめぐる裁判や、今後の存続に向けた課題を考えるシンポジウムが12月19日夜に京都大学の学内で開催され、寮生らが現状を報告した。
大学が「現棟」と「食堂」の明け渡しを求めて、寮生と元寮生40人以上を訴えた異例の裁判は、一審の京都地裁で寮生側が一部勝訴し、二審の大阪高裁で和解した。
和解では、大学が「現棟」の耐震工事を実施することと、「現棟」を寮として存続させることで合意した。
ところが、和解から4カ月が経過した現在も、大学側は「現棟」の建替や耐震工事の具体的な方針を示しておらず、寮自治会との正式な交渉の再開にも応じていない。寮生に「吉田寮」問題の現状を聞いた。(ジャーナリスト・田中圭太郎)
●大学は和解で「現棟」の耐震工事を約束
「私たちは当然、裁判を望んでいませんでした。裁判を取り下げて話し合いをしてくださいということを言い続けていて、もちろん今後も話し合いによって問題を解決していくことがベストだと考えています」
シンポジウムでは2人の寮生が登壇した。総合人間学部3回生の奥山朱凜さんは、6年半に及んだ大学との裁判を振り返り、今後も大学に対して交渉の再開を働きかけていく考えを示した。また、寮生を支援した弁護団からも、裁判の経過や和解に至った理由などが報告された。
吉田寮は1913年に建造された築112年の「現棟」、2015年に建造された「新棟」、そして1889年に建造され、2015年に大規模補修がおこなわれた「食堂」がある。在寮期限をめぐる問題が表面化したのは、2017年12月のことだった。
2015年までは「運営について一方的な決定は行わず、合意の上で決定する」ことなどを記した確約書が交わされていた。ところが大学当局は方針を転換し、「老朽化」を理由に新規入寮の停止と全寮生の退去を求めた。完成から間もない「新棟」の寮生にも退去を求める不可解な内容だった。
大学の強硬な姿勢に対し、寮自治会は話し合いの継続を求めた。2019年2月には、食堂の使用継続を条件に、安全対策として現棟での居住を停止する譲歩案を示した。しかし、大学側はこれを受け入れず、2019年4月と2020年3月に2回にわたり、寮生と元寮生あわせて45人を提訴。その後、被告は40人となった。
裁判は6年半に及んだ。一審判決では、在寮中の17人のうち14人について立ち退き不要と判断された一方で、すでに退寮していた寮生23人には明け渡しが命じられた。双方が控訴した結果、今年8月、大阪高裁で和解が成立した。
和解内容は、一審で勝訴した「現棟」に住む寮生に「在寮契約」を認めること、来年3月末までに一時退去するものの、建替や耐震工事後に再入居できること、そして食堂を事実上継続使用できることだった。
合意したのは、あくまで被告となった寮生だが、その内容はすべての寮生にとっても意味を持つ。とくに大きいのが、「現棟」の耐震工事が約束された点と、地域住民を含む学内外の交流の場になっている「食堂」を引き続き使用できる点だ。

●和解の合意内容は本当に守られるのか
一方、和解では解決されなかった懸案事項も多い。
その一つが耐震工事の行方だ。和解では、大学が「速やかに耐震工事に着手し、遅くとも5年以内に工事を完了することに務める」ことに合意したが、これは努力義務に過ぎない。
現時点で、大学側の具体的な動きは見られない。5年以内に工事が完了しない可能性や、義務とされている工事計画の公表が限定的になる可能性もあり、和解の限界とも言える。
もう一つの懸案は、大学が「新規入寮を認めない」と表明した2017年12月以降に入寮した寮生の処遇だ。大学はこの方針を撤回していない。「現棟」以外にも、現在「新棟」に100人以上が入寮しているが、これらの寮生については和解条項でも触れられなかった。そのため、現在も吉田寮の大部分の寮生が大学当局から無視されている状態にある。
最大の課題は、寮自治会と大学当局との話し合いが再開されるかどうかだ。奥山さんは、課題は残るものの、和解を交渉再開につなげたいと語った。
「そもそも吉田寮というのは、経済的に困窮している学生でも、生活に困らず勉学に集中できる福利厚生施設である側面が非常に大きいです。福利厚生施設としての機能を回復させるために、和解をやむをえず選びました。余白がある終わり方として、和解は今後の話し合いの良い契機になるのではないかと考えています」
また、同じく登壇した寮生で、大学院人間・環境学研究科修士2回生のハン・イーファンさんは、和解後に始めた署名活動で7387筆が集まっていることを明かした。近く大学に提出し、交渉の再開と耐震工事の実施に向けた話し合いを求めるという。
「具体的な耐震工事に関して、まだ話ができていないので、現棟の歴史的価値に配慮した補修案を話していきたい。工事をして、耐震工事後の現棟も寮自治会が運営することを目指していきます」
「現棟」に住む寮生は、来年3月末で一旦退去することになる。対立が始まって8年、大学が起こした裁判が和解するまで6年半。和解の重みをどう受け止め、合意内容に沿った対応を進めるのか。大学の姿勢が改めて問われている。

