東京をはじめ、関東近郊にある注目店を紹介する当連載。店主や店長たちが教える“今、注目すべき”ショップをつなぐ、コーヒーリレーの旅へ。

第14回は神奈川県川崎市にある「二坪喫茶アベコーヒー」。築96年の趣ある建物の一角に店を構え、2坪のスペースで営業しているコーヒースタンドだ。阿部まりこさんは広告制作会社「株式会社アマナ」からコーヒー店の店主に転向。現在は喫茶に加え、溝の口エリアに「二坪食堂」を展開し、訪れた人々にコーヒーや食事を通して楽しいコミュニティの場を提供している。

Profile|阿部まりこ(あべ・まりこ)
1986年、新潟県新発田市生まれ。大学卒業後、広告制作会社「株式会社アマナ」に就職。在職中、友人の誘いをきっかけにコーヒースタンドの開業を決意した。開業するまでコーヒーの技術はほぼゼロだったが、「VIVA COFFEE」の中川さんに師事し、基礎を学ぶ。さらにオーストラリア・メルボルンに出向くなど知識と技術をより高め、2017年12月に「二坪喫茶アベコーヒー」を開業。
■ヒト同士をつなぐ、小さなコーヒースタンド

店を構えるコミュニティースペース「nokutica(ノクチカ)」は、もともとは診療所、のちに学習塾として古くから溝の口の人々に親しまれていた場所。築年数は96年(2025年時点)になる趣きある施設で、床や階段、ほかにもドアノブの取っ手や窓枠など当時の面影を残すインテリアや装飾品が多く、古くから知る人にとっては懐かしく、若い人たちにとっては新鮮な空間となっている。
そして2017年に溝の口を盛り上げるため、シェア・レンタルオフィスとして新たなスタートを切ったが、その「nokutica」の一角で「二坪喫茶アベコーヒー」もオープンした。

阿部さんは大学進学を機に上京し、「株式会社アマナ」で広告制作のプロデューサーとして活躍。そしてコーヒー業界に飛び込むきっかけになったのは友人からの誘いだった。
「昔から仲がいい友人夫婦がいて、彼らから『nokutica』が開業することを聞いたんです。実は建物のデザインを担当していたのがその2人。ただシェアオフィス、レンタルスペースだけの施設より、入口にカフェスペースを設けたら、街の人も来やすいんじゃないかと考えたそうで、そこで白羽の矢が立ったのが私だったんです」
「実は昔から喫茶店という空間が好きで『おばあちゃんになったらお茶やコーヒーを片手に集まれる場所をつくりたい』ということをぼんやり思っていて。2人にも話したことがあったんですけど、そのことを覚えていてお誘いしてくれたんです。話しを聞くまでは自分のお店を出すなんて想像もしてなかったんですけど、その2人も同じ建物にオフィスを構えるというのもあって即決しましたね。おばあちゃんになったらって言っていたのに、だいぶ早まっちゃった感じですね(笑)」

開業の話が来たのは2017年1月のこと。同年12月には開業が決まっていたので、さっそく開業の準備を進めていった阿部さん。
「会社を退職し、開業するまでは半年ほどだったので、豆の仕入れ先やHPの開設など慌ただしく準備を進めました。当然コーヒーの技術や知識が必要なので、そこで相談させてもらったのが『株式会社アマナ』でコーヒークリエイターとして活躍し、現在は『VIVA COFFEE(ビバ コーヒー)』を営む中川さん。中川さんは快諾してくれて、“師弟関係”を結ぶことができたんです。ここからが本格的なコーヒー修行のスタートです」

コーヒーに関してゼロからのスタートだったため、“師匠”の中川さんからは基礎から丁寧に教えてもらった阿部さん。そのなかで必要な知識や技術だけでなく、コーヒーに対する考え方を教わったことが印象的だったと語る。
「中川さんが言っていたのは『コーヒーは自由なんだよ』ということ。その言葉を受けて感じたのは、コーヒーを通じて“楽しい、おもしろい、おいしい”と伝えることの大切さ。その気持ちとともに、独学でも勉強を続けながらコーヒーの技術と知識を吸収していきました」

中川さんからは主にドリップについて学んでいたが、さらにエスプレッソドリンクの技術を高めようとオーストラリア・メルボルンに足を運び、武者修行に向かった。
メルボルンといえば世界有数のコーヒーの聖地として知られる街。同地ではラテアートの世界大会で二度のチャンピオンに輝いた下山修正さんのもとで、ミルクのフォームを学んだ。また約1カ月のメルボルンでの滞在は、世界有数のコーヒー文化に触れられた大きな経験となった。
■くつろぎ時間に欠かせない上質なコーヒーと軽食

店内はレトロな雰囲気だけでなく、阿部さんが作陶した器のほか、かわいい置き物といった自身のコレクションを飾るなど、2坪ながら空いたスペースを有効活用した、すてきな空間となっている。基本はテイクアウトの専門店だが、カフェ以外の利用者がいない場合に限り、1階奥のレンタルスペース、屋外のテラス席(テラス席は土日祝のみ)でイートインも可能。

店で販売する豆はすべてが『さかい珈琲』(東京都練馬区)で焙煎されたもの。浅煎りからスペシャルティコーヒーでは珍しい“極”深煎りまで常時8種類。ブレンドは定番で2種類。シングルオリジンは6種類が置かれ、いつ来ても楽しめるようにと2カ月ごとに2種類を入れ替えるようにしている。
「開業にあたって、どんなコーヒーがいいかと考えたんですが、開業当時は溝の口にスペシャルティコーヒーのお店が1軒もなくて、コーヒーがなじんでいないように思えたんです。そこでスペシャルティコーヒーであることはもちろん、日常的に楽しめるように何杯飲んでも“飲み疲れ”しない、上品で味わい深くてあと味はすっきりしたものを出したかったんです」
「そんな思いで『さかい珈琲』に作ってもらったのがハウスブレンド。思い描く味わいを出しつつ、さらにコーヒー好きの人が飲んでも、しっかりおいしいとなるもの。こだわりを伝えるのが難しくて『さかい珈琲』の阪井さんも大変だったと思いますが、完成したのがエチオピアをメインにケニア、コロンビア、グァテマラの豆を細かく配合した特製の『アベコーヒーブレンド(中浅煎り)』。開業時から出していて今でも一番人気のメニューなんです」

コーヒーと相性のよい軽食メニューも用意し、なかでもイチオシはコッペパン「あんことクリームチーズ」。風味豊かな「カタネベーカリー」(東京都渋谷区)のパンに店内仕込みのあんこがたっぷり。あんこの優しい甘さに加えて、クリームチーズのさわやかな酸味を合わせた自信作だ。コッペパン「コンビーフとチーズ」や肉感溢れるソーセージを使ったホットドッグなども評判なのでぜひ。

2020年には「二坪喫茶」から徒歩5分ほどの場所に「二坪食堂」をオープン。昼は特製の丼メニューを提供し、夜は立ち飲みスタイルの「二坪酒場」に業態を変える。夜の酒場では「妄想世界旅行」を楽しむというユニークなコンセプトのもと、週変わりの“世界の料理”とお酒を提供。仕事終わりにでも、サクッと飲みに行ってみるのもおすすめだ。
取材時にも多くの人が訪れ、コーヒーを通して交流を楽しむ様子が印象的だった「二坪喫茶」。阿部さんが思い描く人と人のつながりは、2坪の場所からどんどん拡大していくと感じた。

■【阿部さんレコメンドのコーヒーショップは「さかい珈琲」】
「東京都練馬区にある『さかい珈琲』は、阪井寛治さんがご家族で営むスペシャルティコーヒーの専門店です。店主は長きにわたり、コーヒー業界に身を置く大ベテラン。世界各地の農園を巡り、厳選した上質な豆がそろうのが魅力です。『二坪喫茶』ではすべての豆を『さかい珈琲』から仕入れています。ほかにも多くの飲食店や愛好家から愛され続ける高品質な豆ですが、良心価格で買えるのもうれしいところ。イートインもできるので、阪井さん自慢のスペシャルティコーヒーを片手にすてきなコーヒー体験をぜひ!」(阿部さん)
【「二坪喫茶アベコーヒー」のコーヒーデータ】
●抽出/ハンドドリップ(コーノ)、エスプレッソ(LA MARZOCCO)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(550円〜)
●豆の販売/100グラム850円〜
取材・文/GAKU(のららいと)
撮影/大野博之(FAKE.)
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