2023年に設立された日本初の公共訴訟専門家集団LEDGE(レッジ)で、フルタイムで公共訴訟につとめる戸田善恭さん。
現在、「立候補年齢引き下げ」訴訟や「保育料を経費に!」訴訟など、複数の公共訴訟で主任弁護人として活動している。
大学卒業後、会社員などを経て法曹の道に進んだ戸田さんは「弁護士になる以前から、公共訴訟をやりたいと思っていました」と振り返る。
司法を通じて社会課題を変えていく公共訴訟は、今後ますますその役割が大きくなっていくだろう。その周知に力を注ぐ戸田さんに、弁護士になるまでの軌跡とこれまでの歩みを聞いた。(取材・文/塚田恭子)
●周囲の空気への反発から、ミッション系大学へ
戸田さんの実家は中世から続く寺院。物心ついた頃から、朝は読経で始まり、お盆の時期には父に連れられて弟とともに檀家を回っていた。
「ある朝、目覚めると家に床屋さんがいて、客間で丸坊主にされたことがありました。坊主頭で学校に行きたくなくて、ずっと泣いていたのを覚えています。
今となっては貴重な経験だったと思えますが、子どもの頃は早くお寺から出たい一心でした」
お寺に生まれたからには僧侶になる──。そんな周囲の空気への反発から、進学先はミッション系大学を選んだ。学生寮に入ると、生活は一変した。
「朝、起きると聞こえてくる音が、木魚からチャペルの鐘に変わったんです(笑)。リベラルな学生が集う環境の中で、宗教や信仰についても自分なりに考えるようになりました」
在学中に構造的な格差や貧困問題への関心が芽生え、長期休暇のたびにバックパックを背負って中南米やアジアをめぐった。
「外の世界をほとんど知らなかったので、学生時代は人一倍、海外に目が向いていたと思います。
3年の夏にブラジルのスラム街(ファベーラ)にある児童労働撲滅NGOに飛び込んだときは、貧困や暴力と隣り合わせの日常の中で、何十年も地道に活動を続ける人たちに衝撃を受けました。
何かできるはずと、軽い気持ちでやってきた自分の無力感に打ちのめされると同時に、その国の問題は、その国に生きる人たちでなければ変えられないのだと思ったことを覚えています」
卒業後は経営コンサルティング会社に就職したが「本当にやりたいことは何か」を考え、専門家として人の尊厳やその回復に関わる仕事がしたいことに気づき、弁護士を目指した。
「お寺や教会は何のためにあるのか。ブラジルで絶望的な状況の中でも必死に踏ん張る人たちは何のために闘っているのか。
突き詰めると、それは一人ひとりが自分らしく生きていくための"工夫"であり"闘い"だと思ったんです。それを『尊厳』と呼ぶのであれば、そのための仕事は何かと考えていました。
その感覚の根っこにあるのは、悩みを抱えてお寺に足を運ぶ人たちの話に耳を傾け続けていた両親の姿です。自由にやらせてくれた両親に、今はとても感謝しています」
退職後は、海外から日本に来ている人たち、中でももっとも苛酷な状況にいる人たちを支援する現場に身を置こうと考え、ロースクール入学まで、弁護士志望であることを伝えて半年ほど難民支援協会(JAR)でインターンをした。
「特に印象に残っているのは、彼(女)らに向き合うソーシャルワーカーの姿です。絶望的な様子だった難民の方が『あなたは私の女神です』と言って、笑顔で帰っていく。専門家として困難な状況に置かれた人や社会とどう向き合うのか、深く考えさせられた時間でした。今も折に触れて、自分はここまでやれているだろうかと自問しています」
●"二つ返事"でフルタイム公共訴訟弁護士に
大学で法律を学んでこなかった戸田さんにとって、司法試験は「地獄のように厳しかった」。
司法浪人中には進路を再考し、インターンとして国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に在籍したこともあった。だが「自分の持ち場である日本で法律家になりたい」という初心を貫き、何とか司法試験に合格した。
そのころ、知人に誘われて参加したのが、設立間もない公共訴訟の支援に特化したウェブプラットフォーム「CALL4」だった。
「司法修習中という気楽な立場だったこともあり、支援ケースのサポートなどを一手に引き受けていました。裁判をめぐるるさまざまな物語に触れ、心を動かされることが何度もありました」
国や行政と闘う公共訴訟は、膨大な時間と労力を要するが、多くは弁護士の"手弁当"で続けられてきた。
だが、CALL4を通じて訴訟の意義が社会に知られるようになり、訴訟費用の寄付だけでなく、さまざまな支援が寄せられ、公共訴訟の認知度はこの5〜6年で確実に上がっている。
CALL4開始から4年、戸田さんは公共訴訟の企画から遂行までをワンストップで担う日本初の公共訴訟専門家集団LEDGEの立ち上げに参画。日本初のフルタイム公共訴訟弁護士となった。
「CALL4での経験から公共訴訟に大きな可能性を感じていたので、二つ返事でフルタイムをお引き受けしました。今は企業顧問や離婚・相続などの業務は一切せず、公共訴訟だけに注力しています」

