優越感を感じようとしてコンテンツを選んではいけない|カレー沢薫

優越感を感じようとしてコンテンツを選んではいけない|カレー沢薫

2025年も終わろうとしているが、今年は良い年だったと言えるし、むしろ言っておかないと二度と言う機会がない。

そして相対的に考えると来年は最悪の年になるので強い覚悟が必要になってくる。

漫画家になってから約15年、初のメディア化を果たし、それがとても良い作品になったし、それに付随して、今まで触れてこなかった世界にも触れることができて楽しかった。

 

年を取ると胃腸が弱くなり40歳を前に焼肉を食べると100発100中腹を壊す体を完成させてしまったが、弱くなるのは肉体的な胃だけではない。

美味いけど脂っこいものが食えなくなるように、面白いけど激鬱になる作品など、精神的に重いものは避けるようになってくる。

また食わず嫌いも加速し、最終的に中2の時聞いていた曲でプレイリストを作り、ドラクエのリメイク情報に何度でも喜ぶ中高年になってしまうのだ。

つまり、胃が弱っている上に回復にも時間がかかるので「俺を傷つけそうな気がするコンテンツ」は回避する傾向になってきたのだ。

しかし、何に傷つくかは人それぞれである、人命が失われる作品に傷つく人もいれば、逆に3名以上失われないと裏切られた気分になる人もいるだろう。

自分がどのような作品に傷つき避けているかを考えてみるのも面白いかもしれない。

まず私が避けているがフィクションだ。

この時点で人生がかなり面白くなくなっているので、考えなければよかった気もするが、昔に比べると格段に避けているのは事実だ。

昔というのは、もちろん漫画家になる前である。

自分がフィクションを作る人間になってしまったせいで、フィクションを見ると「こんなに面白いフィクションを作るなんて酷い」という傷つき方をするようになってしまったのだが、これは特殊な傷つき方、というより被害妄想である。

内容的に言うと「人間関係の話」が傷つきそうで見れない。

つまり人が2人以上出てくる作品は無理、ということになり、愛読書が銀牙流れ星銀になってくる。

実際、人間関係がない作品なんてほぼ存在しないし、銀牙だって深い犬間関係がある。

正確に言うと、人間関係を主題にした話が苦手である。

デカいサメが現れた温泉で起こる人間関係はいいが、デカいサメがでない温泉で起こる人間関係は苦手なのだ。

作品を見る前に、必ずおキャット様が作中で死なないかを確認するのは、まだおキャット様に寿命があることに納得できてないのに、フィクションの世界でまでそんな現実を見たくないからだ。

同じように、自分の人間関係が全く上手くいっていないのに、フィクションでまで人間関係がこじれる様を見たくないのである。

よってフィクションを見るなら、ゾンビなどまず人間関係どころではないテーマが先に来ているものを見たいと思っている。

よって人間関係の最たるものである恋愛作品は甲子園の松井ぐらい敬遠している。

私はラブコメが好きではあるが、最初から恋愛モノと謳っているものは避ける。ゾンビに囲まれたりサメに食われている最中に思いがけず起こる「ラブコメ要素」が好きなのだ。

つまり、私に関して言えば「自分のコンプレックスを刺激しそうなコンテンツ」を避けているということだ、周囲が気まずくなるレベルでわかりやすい。

しかし、先日「恋愛リアリティショー」を見た。

この期に及んで「フィクション」だけは回避しているところが泣けてくるが、それでも見ない方がいいジャンルだ。

だが「面白い」と聞いていたのと、その番組のテーマが「参加者全員恋愛経験ゼロ」という設定だったので見てみた。

登場人物全員小学校低学年というわけではなく、全員20代後半以上である。

これなら劣等感を感じずに済むかもしれないという気持ちが丸出しすぎて、自分も気まずくなってきたが、制作陣だって絶対その層をターゲットにしているはずだ。

そうではなく、ただ恋愛未経験者の初々しい恋模様が見たい勢を狙っているならセンスがない、金脈はこっちだ。

結論から言うと番組として面白かった。

だが「恋愛経験がない」という情報から、自分以上のコミュ症博覧会だと思って行くと突撃死のおそれがあることもわかった。

恋愛は人間関係の最たるものと言ったが、これこそ人間関係や恋愛のことをわかってない奴の主観だったような気がしてきた。

確かに「今まで友達が一人もいたことがない」となればコミュ症の確率が高い。

しかし「恋愛をしたことがない」の場合、そもそも本人の恋愛に対する興味が大きく作用するし、恋愛したいと思う相手にたまたま出会わなかったなど、コミュニケーション能力以外の問題も大きくなってくる。

そういった、コミュ力以外の問題と思しき参加者もかなり多かったのである。

その中にガチでコミュ力の問題としか言いようのない参加者が混ざっているのはなかなか染み入るものがあった。

目の合わなさが完全に自分と同じなのだが、そんな参加者もビジュだけは良かったりするので、俺はお前だが俺じゃないという悲しい気持ちになった。

劣等感を抱かないコンテンツを選ぶことは大事だが、優越感を感じようとして選んではいけない、ということである。

配信元: 幻冬舎plus

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