「兄貴の晩御飯」刺青とカレーが並ぶ夜。一家団欒で見せる極道の素顔とは?|Z李

「兄貴の晩御飯」刺青とカレーが並ぶ夜。一家団欒で見せる極道の素顔とは?|Z李

SNS総フォロワー100万人超のインフルエンサーであり作家のZ李さんの新刊『君が面会に来たあとで』が11月19日に発売されました。

歌舞伎町を生きる人々の葛藤や、人情味あふれる人間模様などを恋愛、ホラー、SFなど様々なタッチで描いたショートショート集。本作から、試し読みをお届けします。

 

今回は、あるヤクザの組のお話。何もかも忘れたかのように、無邪気に笑い合う夜。どんなに冷たい世界にも、あたたかな灯がともる瞬間というのは、あるものです。

*   *   *

兄貴の晩御飯

「兄貴、飯くらい自分がやりますって」

南熊一家二代目杉本連合会の夜は長い。

当番者が賄いを作るのは、初代の杉本親分の頃からの伝統だ。

出前で済ませている日に、横沢の叔父貴が来ると大変なことになる。やれ「最近の若いものは飯も作れない」だの「半グレがやるようなシノギをやっているからそうなるんだ」だの、小言が止まらなくなるし、飲んで帰ってきた日なんかだと、クダまきが零時を過ぎても止まらない時だってある。

「俺がやりますって、おめえよ。俺よりうめえもん作れるようになってから言えよ。それに、横沢の叔父さん、さっきそこら辺プラついてたから、どうせ来るぜ」

「いや、そうなんですけど、兄貴に玉ねぎなんか刻ませられませんって」

鋭い瞳の奥にじんわりと涙を滲ませながら、兄貴は玉ねぎをみじん切りにしている。

「カレーってのはな、ルーにこれを入れるか入れないかで全然違うんだよ」

というのが、兄貴の口癖。

「おい、浩志。棚からアレ、持ってこい」

「押忍、アレっすね」

俺は、来客用のインスタントコーヒーを取りに給湯室へ走った。顆粒タイプのやつだ。

「これを加えることで、深みのある大人な味わいになる」

 

一度、俺が飯番の時に隠し味にはちみつを入れようとしていたら、「浩志、ヤクザもんが甘口カレーなんて作ってんじゃねえ」ってげんこつくらってさ。「おめえには渋味が足りない」って言って、顆粒コーヒーをザーッと鍋に入れて。

あの時の兄貴、かっこよかったな。

 

「これって、どれくらいのバランスで入れればいいんですか」

「そんなもんおめえ、企業秘密だよ。ヤクザがシノギの種明かしてどうすんだ」

「えっ、これシノギなんですか?」

げんこつを食らった。

「バカ野郎、お前。たとえ話も分かんねえのか。さてと。あとはこれ。こいつは初めての試みになるが、俺の勘だとやべえことになる」

そう言うと、兄貴はヘネシーのボトルを取り出した。そして、コップ半分くらいを鍋に投入したんだ。

「えっ。酒っすか?」

「昨日よお、クラブでこれ飲んでたわけよ。そしたらこの香り、絶対カレーに合うんじゃないかと思ってよ。まあ見てろ。俺はこういうの、外さねえから」

それといつものヨーグルトを鍋に入れて、兄貴は蓋を閉じる。

 

そうこうしているうちに、兄貴が言っていた通り、横沢の叔父貴が来た。

「おうおうおう。いい匂いさせやがってよう」

アルコールの匂いをぷんぷんさせながら、叔父貴がキッチンに入ってきた。

「なんだあ? 今日の飯番、金本かあ。おめえの飯は昔っからうめえからなあ。お、カレーじゃねえか。金本のカレーつったらよ、会の中じゃ有名よ。これレトルトにしてよお、テレビショッピングで売ったら、十億くれえになるんじゃねえの? おっと待てよ。そうなった場合には、まず兄貴には半分持って行かねえといけないだろ。そんで金本にもああ、三割か。すると、俺の監修料は二割ってとこか、がはははは」

「叔父さん、勘弁してくださいよ。原価が入ってないじゃないですか」

「なにい? 金本。おめえちょっと算数できるからってよ、株だかFXだかピコピコしやがって。原価なんてもんは、芋から自分で作ればいいんだよ、がはははは」

「いやいや、土地耕すのにも人件費かかりますよ?」

「なにい、まだ言うか金本。この、この!」

叔父貴は兄貴が大好きなんだ。事務所にいる時は、ずっと兄貴とじゃれていて、兄貴はそれをクールにかわしている。

「よう、浩志。できたぞ。米人数分、よそえや」

米の盛り付けだけは頑張らねえと。

「一家は兄弟だからな、誰の量が多いとかならないように、きっちり同じ分量でよそえ」

これも兄貴の教えだ。

 

数分後、事務所内はざわついたね。

「エッ、まじかよ、なにこれ」

「すげえ、母ちゃんのと全然ちげえ」

「飲み込んだ時によ、鼻から抜けてくるこれ、何?」

「がははは、金本。また腕を上げたな」

俺まで誇らしい気持ちになった。兄貴のブランデー作戦は、大成功だ。

「それにしてもよう、金本。どうやったらカレーがこんなにうまくなるんだ? なんか隠し味でも使ってるのか?」

「へへっ。実はね、叔父さん」

兄貴はわざとらしくポケットに左手を突っ込んで、何かを取り出すような素振りをしたかと思うと、叔父貴の目の前で手をパーに開いた。

「俺のエンコ、すりおろして入れちゃったんです」

「なにい、金本。がはははは。笑わせるじゃねえか! このこの~」

一家団欒ってやつだ。親も兄弟もいないってやつも多いから、こういう時間が楽しいんだよ。まあ、今の時代にヤクザなんかやってると、キツいこともたくさんあるけれど。

 

翌日。兄貴はいきなり死んだ。

面倒をみてる客引きグループ同士が東口で揉めて、仲裁をしにいったところ、ポン中にわき腹を刺された。

ポン中はそのまま通行人を何人か切りつけ、走り回っていたところを徹の兄弟が押さえつけたそうだ。

駆け付けたデコスケたちに、ポン中は連れ去られた。返しを入れようにも相手もいない。そんな状況だ。

 

それから何年か経ち、俺も若頭補佐になった。あの時の兄貴と同じ座布団ってわけだね。

「兄貴。飯くらい自分が作りますよ」

「なんだと、龍二。俺よりうめえもん作れるようになってから言えよ。それによ、横沢の叔父さん、さっきピンパブで見かけたぜ。どうせまた来るんだからよ」

俺は慣れた手つきで顆粒タイプのインスタントコーヒーとヘネシーを鍋に流し込んだ。

「おっ、いい匂いさせやがって。今日は浩志のカレーか? がはははは」

 

南熊一家二代目杉本連合会の夜は長い。

Photograph:TOYOFILM @toyofilm

配信元: 幻冬舎plus

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