●「信三郎」襲名に地域と取引先が期待
昭和44年の東京高裁でもこんな判断が下されています。
350年以上の歴史がある味噌・醤油醸造を営む商店では、代々の当主が「信三郎」という名を名乗ってきました。
この家の長男として生まれた男性は、家業を継ぎ、会社組織となった後も代表取締役として経営に携わっていました。地域社会や取引先、銀行、親族も「13代目信三郎」としての襲名を期待していました。
しかし、戸籍上の名前は信三郎ではなかったため、正式に「信三郎」へ改名したいと家庭裁判所に申し立てました。
一審の家庭裁判所は「法人の代表取締役にすぎないので、特に襲名をしなくても営業上の支障はない」として却下しました。これに対して東京高裁は「名の変更は『正当な事由』があればよく、必ずしも特段の必要性や家督相続と結びつける必要はない」と判断。
家業の歴史、地域社会や取引先の期待、親族の同意などを総合すれば、「信三郎」への改名には十分な理由があると認められるとして、原審判を取り消し、名の変更を認める方向で差し戻しました。(東京高裁昭和44年6月11日決定)
●襲名が認められなかった事例も
一方で、襲名が認められなかった事例もあります。
ある男性が仏教の僧侶として得度し、宗派の規程に基づいて僧名に改名したいと家庭裁判所に申し立てました。
しかし、裁判所は、改名が許されるのは「社会生活上、改名しなければ大きな支障がある」と認められる場合に限られると説明。宗教の内部規則があっても、それだけで法的に「正当な理由」とはならないと判断しました。
この男性は新聞販売店を営んでおり、僧籍に入ったものの、実際に僧侶として檀家回りや宗教活動をしているわけではなく、生活の中心は従来どおり商売でした。また改名したいと望んだ僧名を長年通称として使っている実績もありませんでした。
そのため、「改名しないと社会生活に著しい不都合が生じる」とまでは言えず、改名の申立ては却下されました。(東京家裁昭和35年1月19日審判)

